アメリカ特許制度を学ぶ

MPEPを盲信してはいけない

連載『米国特許法解説』を更新しました。

第4回:米国特許法の基本~MPEPの法規範性~

第4回:米国特許法の基本~MPEPの法規範性~

昨年末にWesterman Hattori Daniels & Adrian, LLPに移籍された小野康英先生が、渡米準備などで非常にお忙しいなか原稿を書いてくださいました。以前小野先生に、MPEPは特許翻訳者を含む特許実務家にとって非常に有益な資料であるものの、MPEPの内容を盲信することは危険だ、と教えていただいたことがありました。今回の記事では、これについて詳しく解説されています。

Alice判決や英語表現などについて

米国用の英文明細書に関する興味深い記事を読みました。“Changes in Patent Language to Ensure Eligibility Under Alice”という記事で、米国最高裁のAlice判決以降、独立クレームの文字数が顕著に増加しているという内容です。Alice判決以降、独立クレームをそれまでより詳細に書き、また明細書本文(Description)において効果(benefit statements)もより詳細に書く傾向が強まったということです。しかも、独立クレームでは、単に似たような表現を繰り返して文字数を増やしているのではなく、表現の1つ1つが意味のある限定になっている、と記事では分析しています。こういった傾向を知っておくことも、特許翻訳者にとって無駄ではないと思っています。こういう知識の積み重ねが、適切な判断の手助けとなり、いい翻訳へと繋がっていくのでしょう。

http://www.ipwatchdog.com/2017/12/06/changes-patent-language-ensure-eligibility-alice/id=90721/

Changes in Patent Language to Ensure Eligibility Under Alice

 

ちなみに、この記事で、特許翻訳者にとって非常に参考になりそうな次の英語表現を見つけました。

In other words, a repeated word would only count a single time in our analysis.

「同じワードは1ワードとしてカウントする」というような意味だと思いますが、“a repeated … count a single time”は特許翻訳で非常に応用が効きそうな表現です。この文章は、直前の文章の最後“by unique word count”を言い換えたものになっていますが、上記文章を“unique word count”の3ワードで表現できるというのも非常に勉強になりました。

Alice判決とは、『Federal Circuitで最も多く引用された判例』でも書いたeligibility(特許主題適格性)に関する判決で、本来特許を受けることのできない(ineligibleな)抽象概念などをコンピュータなどの特定の技術環境で実現しても、ineligibleであることに変わりはない、と米国最高裁が判断したものです。Alice判決はビジネス方法に関するeligibility判決で、病気の治療方法に関するeligibility判決であるMayo判決(101条(eligibility)の判断には102条(novelty)の判断が必要なときがあるとした判決)とともに、Mayo/Aliceテスト(2014 Interim Eligibility Guidance Quick Reference Sheet)というeligibilityの判断基準が確立され、この2つの判決はeligibilityに関して現在最も影響力のある判例とされています。その影響力は、クレームを打ち込むことによってAIによるeligibility予想が受けられるサイト(“Automated Analysis of 101 Eligibility”)が出現したことからも分かります。

Federal Circuitで最も多く引用された判例

http://alice.cebollita.org:8000/predict

Ask Alice!

Federal Circuitで最も多く引用された判例

Patently-Oに掲載された“Most Cited Federal Circuit Decisions 2014-2017”という記事に、2014年から2017年の間にFederal Circuit(米国連邦巡回区控訴裁判所)で最も多く引用された12の判例が載っていました。

https://patentlyo.com/patent/2017/10/cited-federal-circuit-decisions.html

Most Cited Federal Circuit Decisions 2014-2017

ここに書いてあるように、12の判例のうち、実に8もの判例がeligibilityに関する判例だったということです。eligibilityとは、米国特許法第101条の特許主題適格性のことを指し、101条に挙げられている4つのカテゴリー(process, machine, manufacture, composition of matter)に当てはまる発明のみが特許を取得することができるというものです。

35 U.S. Code §101 – Inventions patentable
Whoever invents or discovers any new and useful process, machine, manufacture, or composition of matter, or any new and useful improvement thereof, may obtain a patent therefor, subject to the conditions and requirements of this title.
新規かつ有用なプロセス、機械、製造物若しくは組成物、又はそれらについての新規かつ有用な改良を発明又は発見した者は、本特許法の定める条件及び要件に従って、それらについて特許を取得することができる。(『新米国特許法 増補版』より)

eligibilityに関する判例がFederal Circuitで頻繁に引用されたということは、一度特許になった発明が、そもそも特許を取得できるカテゴリーの発明であったのか?ということが、Federal Circuitで頻繁に争点になったということを示していると思います。こういう現実は、普段、出願用の翻訳ばかりを行っている翻訳者にはなかなか気づきにくいところかも知れません。また、eligibilityは、翻訳者の力量で解決できる問題ではないと言えるため、翻訳者はただ翻訳しろといわれたものをそのまま翻訳するしかない、という考え方もあります(この考え方が大多数です)。ただ、翻訳者は、英文明細書という内部証拠(intrinsic evidence)を作るという非常に重要な役割を果たす人々です。自分が翻訳者として関わる発明が、将来どのような問題に直面する可能性があるかについて知っておくことは重要だと思っています。

米国特許法の学習者は持っておきたい辞書

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『第3回:米国特許法の基本~事実問題及び法律問題~』(http://beikokupat.com/us-patent/number3/)において、『英米法辞典』(東京大学出版会、田中英夫編集)を使って「コモン・ロー」などの法律用語が解説されています。『英米法辞典』は、米国特許法の学習者向けに推奨されることが多い辞典の1つで、私も1冊持っています。「コモン・ロー」「エクイティ」など、普通の辞書の定義ではよく分からないような法律用語が非常に詳しく解説されており、この辞典を持っていると、日々の仕事をやっていく上で頼れるものがあるという安心感があります。

法律について「知らないことを英語で知る」ために、英語で書かれた法律辞典も手元に置いています。私が持っているのは、「Black’s Law Dictionary」という辞典の卓上版です。これも『英米法辞典』同様に解説が詳しく、定義をさっと調べるというよりも、じっくりと読む類いのものです。カバーする用語の範囲も広く、例えば、pre-AIAの§102(b)などに対して使われる”statutory bar”が載っている辞典は、私が知る限り「Black’s Law Dictionary」(卓上版)だけです。

第3回:米国特許法の基本~事実問題及び法律問題~

連載・米国特許法解説_03

連載『米国特許法解説』を更新しました。
http://beikokupat.com/us-patent/number3/

この前の週末に著者の小野康英先生から原稿を受け取り、日曜日の大半を使って読みました。事実問題(matter of fact)、法律問題(matter of law)についてここまで詳しく解説している書籍やサイトは他にないのではないかと思うくらいの詳しい解説になっています。

『米国特許法解説』は、英文明細書マニュアルに関する記事のような「即効性」のある記事と違い、じっくりと何度も読み返したい解説だと思います。そのため、ブログ形式ではなく、専用のページを設けて公開しています。

連載『米国特許法解説』を更新しました

連載・米国特許法解説_03

連載『米国特許法解説』を更新しました。

第2回:米国特許法の基本~米国特許法の法源~
http://beikokupat.com/us-patent/number2/

今回も濃い内容になっており、何度も読み返して勉強したいと思います。なお、以前ご紹介した阿川尚之著『憲法で読むアメリカ史(全)』(http://beikokupat.com/blog/?p=662)を読むと、この連載をより楽しむことができます。

新連載『米国特許法解説』

連載・米国特許法解説_03

当社のウェブサイトにおいて、『米国特許法解説』という連載が新しく始まりました。米国特許法を中心に、市販の本には書かれていない情報を含む様々な情報を紹介していく予定です。執筆を担当するのは、弁理士であり米国弁護士である小野康英先生です。小野先生は、当社のアドバイザー的存在で、日頃から様々な助言をいただいています。当社は、米国特許法などについて自分たちで日々研究していますが、やはりそれだけでは足らず、専門家による助言や情報提供が必要です。小野先生には、こういった役割を担っていただいており、非常にお世話になっています。今回、米国特許法に関する連載の執筆を依頼したところ、ご多忙にもかかわらず快く引き受けて下さいました。私は一読者として、毎回記事を読むのを非常に楽しみにしています。

連載『米国特許法解説』
http://beikokupat.com/us-patent/
第1回:米国特許の基本~米国特許法及び米国憲法の関係~
http://beikokupat.com/us-patent/number1/

米国特許の入門書

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本棚を整理していたら、『The Pocket Idiot’s Guide to Patents』という本が出てきました。この本は、新規性や非自明性、仮出願などの米国特許の基本が分かりやすく解説されている本です。書かれている英語も平易で理解しやすく、簡単に読み進められます。”Idiot’s Guide”シリーズは、著者によっては英語ネイティブでないと理解し難いようなユーモア表現などが散りばめられており、著者のノリについていけなくなることがありますが、『The Pocket Idiot’s Guide to Patents』の英語はクセがなく、こんな分かりやすい英語を仕事でも書きたいと思わせるものです。10年以上前に出版された本で、古くて参考にならない(してはいけない)情報も含まれていますが、特許の考え方の基本は変わらないと思われるので、現在でも米国特許の入門書として十分に役に立つと思います。

米国特許訴訟をテーマにした稀有な映画“Flash of Genius”(『幸せのきずな』)

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昨年開いたセミナーにおいて、“Flash of Genius”(邦題:『幸せのきずな』)という映画を紹介しました。これは、米国特許訴訟をテーマにしている非常にめずらしい映画です。Robert Kearnsという大学教授が、自身が発明して特許を取った自動車用間欠ワイパーを無断で使用されたとして、フォード社や(当時の)クライスラー社を相手取り特許侵害訴訟を起こし巨額の賠償金を勝ち取った実話がもとになっています。個人という弱者が大企業という強者に勝つというのはそれだけで興味をそそられる題材ですが、これが実話だというのがこの話をさらに面白くしていると思います。この無謀ともいえる戦いではKearns氏の代理人になってくれる弁護士がおらず、Kearns氏は自分で自分の代理をすることになります。氏が1人図書館に篭り特許の判例研究をするシーンが印象的でした。また、連邦地裁での特許侵害訴訟の模様(もちろん再現)を見ることができ、知財関係者には興味深いところだと思います。

またこの映画では、Kearns氏と家族との関係も丹念に描かれています(邦題が『幸せのきずな』となっているのも分かる気がします)。フォード社から和解の申し出があったにもかかわらず、Kearns氏は発明者としての名誉のために断り、10年以上に渡る訴訟に突き進んでいきます。そのために家族との間に心理的な溝が生じ、氏は家族も代理人もいないという文字通り孤独な戦いを続けていきます。最終的に勝訴したとはいえ、その代償はあまりに大きいと個人的に思いました。

この映画(のDVD)を観ていて、特許翻訳者として気になる点がありました。細かいことをネチネチと取り上げる性格の悪さがバレるのを覚悟で書きますが、私が持っているDVDでは、セリフのなかの“the Patent Office”が字幕では「特許事務所」になっています。文脈から、「米国特許庁」などにしないと意味が通らないところです。が、しかし、その他の部分では非常に簡潔で分かりやすい字幕です。その他の部分では素晴らしい仕事をしているのに、たった1点の間違いについてとやかく言ってしまうこの性格を直したいと思っています。

この映画、ストーリー自体が面白い上に特許英語の勉強にもなるオススメの映画です。

米国特許出願手続きのポイントと情報開示義務対策

米国特許弁護士の山口洋一郎氏によるセミナー『米国特許出願手続きのポイントと情報開示義務対策』を受講してきました。特許庁の主催で毎年東京、愛知、大阪で開かれており、米国特許実務者だけでなく、米国出願用特許を行う翻訳者にとっても非常に有益な情報を得ることができるセミナーです。私は今年、大阪開催日にちょうど夜大阪で大事な用事があったので、大阪セミナーに申し込み、当日朝早くに新幹線で大阪入りしました。

10時から17時までみっちりと勉強したなかで、翻訳の観点から特に有益と思ったことがありましたのでシェアしたいと思います。「米国の新規性欠如の拒絶例と応答」というセクションで、タイトル通り、米国で新規性欠如により拒絶されるクレームの例と、この拒絶への応答例が紹介されました。前提として、米国と日本の新規性・進歩性制度の大きな相違点がいくつかあり、例として次のような点があります。

・クレームの前文(用途)は、限定にならない。
・物クレームの機能的限定は無視される(限定にならない)。

新規性欠如で拒絶されたクレーム例が次です。

1. An electric cleaner comprising:
a guide plate that comprises a first area and a second area, the first area guides an exhaust downwardly and the second area guides the exhaust upwardly.

このような掃除機に係るクレーム1に対し、米国審査官が引用した引用例はエアコン・ダクトで分野が違います。両者を比較した図がこれです。

novelty
図を見ると両者は異なっているように見えますが、上記前提に従うと、この拒絶は妥当ということになります。すなわち、クレーム1の掃除機は引用例のエアコン・ダクトと用途が異なっているものの、用途の相違は限定にならない。同様に、クレーム1の機能的限定“the first area guides an exhaust downwardly and the second area guides the exhaust upwardly”も限定にならない。よって、クレーム1と引用例は同じだ、ということです。

次に、この拒絶に対してどのように応答すべきかについて、ここでは機能的限定が意味なかったことを考慮して、構造的限定を記載することによって引用例との違いを出すという解説がされました。具体的には、図面のfirst areaとsecond areaが傾斜しているため、各areaがguide plateの厚み方向に対して0より大きい角度で傾斜している、という限定を加えます。セミナーでは具体的な補正例は示されませんでしたので、私なりの補正例を作ってみました。

(補正例)
1. An electric cleaner comprising a guide plate, the guide plate comprising:
a thickness direction;
a first area inclined by more than zero degrees relative to the thickness direction to guide an exhaust downwardly; and
a second area inclined by more than zero degrees relative to the thickness direction to guide the exhaust upwardly.

物クレームの機能的限定は意味がないため、“to guide an exhaust downwardly”と“to guide the exhaust upwardly”は必要ないかも知れません。

翻訳の段階で補正例のような対応ができていれば、クライアントにとって時間、労力、コストの削減になることがあると思います。