一流の特許翻訳者になる

「その旨」とはどの旨か?

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私の会社には、現地代理人に宛てたレターやEメールの文章を英訳して欲しいという依頼がよくきますが、和文に「・・・その旨ご連絡ください」といった表現がたまに出てきます。英訳する際は、「その旨」がどの旨かをはっきりと書くようにしています。ただし、「その旨」の内容が次の例のように長くなってしまうことがあり(だから短くて便利な「その旨」を使っている)、このような場合は、和文全体を再構築して「その旨」を使わなくてもすむような文章構成にした方がいいかも知れません。

なお、米国特許商標庁のオフィス・アクション(包袋情報)がPatent Application Information Retrieval (http://portal.uspto.gov/external/portal/pair)から入手可能である場合には、オフィス・アクションの写しの別途添付は不要ですので、その旨を記載してください。
http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/pdf/highway_pilot_program/01.pdf

「はっきりと書く」に関連する面白い記事を見つけました。

「イラっとさせられる文章」に共通する3大NG
http://toyokeizai.net/articles/-/187658

曖昧なことを具体的に書くことで「全員が同じ解釈」できる文章にするという考えが記事全体を貫いており、これは英文ライティングにも応用できる考えだと思います。

四則演算に関する特許英語表現

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特許明細書では、四則演算に関する表現が出て来ることがあり、これを私がどのように英訳しているかをご紹介したいと思います。四則演算とは、足し算(加算、addition)、引き算 (減算、subtraction)、掛け算 (乗算、multiplication)、割り算 (除算、division) のことです。そして、加算の結果を和(sum)、減算の結果を差(difference)、乗算の結果を積(product)、除算の結果を商(quotient)といいます。例えば、「Xは、AにBを加算してYに送る」という原文があるとすると、XがYに送るのはAとBの和なので、the sumという表現を補足して”X adds B to A and sends the sum to Y”のように英訳します。この例では、原文に「和」という表現が隠れていますが、場合によっては「加算結果」という表現を使用して「Xは、AにBを加算して加算結果をYに送る」と明示されていることもあります。この場合でも、加算結果は和のことなので、上記と同じ英訳にしています。ここでthe sumと定冠詞が付いているのは、AとBの和は一つしかない、といった特定感が出るからです。クレームにおいては、lack of antecedent basisの問題があるため、いきなりthe sumとするのではなく、例えば最初に”a sum of A and B”や”a sum obtained by adding B to A”のように表現して、それ以降はthe sumとすることが考えられます。

質問は択一形式又は多肢選択形式にする

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翻訳をしていると、原文の説明が分かりにくく感じることがよくあります。このようなとき、原文を最初から最後まで読めばどこかに理解へのヒントがあったりして原文の意図が類推できることもあれば、原文を最初から最後まで読んでもまったく理解できないこともあります。後者の場合、理解できないことは翻訳することができないので、クライアントに質問して原文の意図を確認するようにしています。

クライアントに質問するときに気をつけていることがあります。それは、昨年開いたセミナーでも言ったことですが、質問を択一形式又は多肢選択形式にすることです。択一形式とは、原文が2つの意味(A又はB)に解釈されるときに、原文で意図されているのはAですか?それともBですか?と質問することです。多肢選択形式とは、原文が3つ以上の意味に解釈されるときに、原文で意図されているのはこれらの選択肢のうちどれですか?と質問することです。どちらの形式も自分で選択肢を文章化するという作業が必要ですが、こうすることによって、担当者(忙しい人が多い)は、正しい選択肢を選ぶだけですみます。

これに対して、極力避けている質問形式として、オープンエンド形式(open-ended question)という形式があります。これは、例えば「これはどういう意味ですか?」のように、担当者に回答内容を丸投げする質問形式です。つまり、これは担当者に回答を一から作るという作業を強いる形式であり、これは結構な負担になることがあります。また、担当者のなかには、説明することが必ずしも上手ではない人がおり、オープンエンド形式の質問に対して自由に書かれた回答自体が理解しにくいことがあり、せっかく使命感をもって質問したにもかかわらず、質問する前よりも分からなくなってしまうことがあります。このようなことを避けるためにも、質問する際には択一形式又は多肢選択形式にしています。

内容に踏み込んだ翻訳をする

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このところ、早朝から深夜までずっと翻訳をしています。当社では基本的に社内で翻訳をすることにしており、一度に案件が増えすぎて社内で対応しきれなくなった場合にのみ、信頼できる外部の翻訳者さんに翻訳を依頼しています。今は割りと忙しい時期で、私も翻訳者としてフル稼働している上に、外部の翻訳者さんにも目一杯仕事を依頼している状況です。こういうときに更に翻訳依頼がきた場合は、納期を伸ばしてもらうか、それが無理な場合はお断りすることにしています。外部の翻訳者を増やして翻訳キャパを増やすことも可能ですが、付き合いが浅くまだ実力と人柄がよく分からない翻訳者に仕事を依頼するのは抵抗があります。また、翻訳を外注した場合、必ず社内で翻訳を隅から隅までチェックしており、出来の悪い翻訳だと修正するのに自分たちで翻訳するより時間がかかったりして何をやっているのか分からなくなります。外注した翻訳を文法や訳抜け、形式などのチェックのみ行ってクライアントに納品するという翻訳会社もあると思いますが、それだとここで詠まれている名川柳のようになります。もともとの原因と思われることが、『特許翻訳の実務』という本に書いてあります。

一部の翻訳会社や翻訳者は、迷ったら直訳あるいは逐語訳にするという態度で仕事をしているケースがあるが、直訳や逐語訳をすることによって内容が不明確になったり、かえって内容に意味が追加されたり、ひどい場合は、上の例のように意味が変わってしまう場合さえある。翻訳文において、翻訳先の言語を母語とする人たちが理解できなくなるようなことはあってはならないはずであるにもかかわらず、日本からくる翻訳文は何が書いてあるかさっぱり分からないと現地代理人から言われることが多いのは、このよう一部の翻訳会社や翻訳者の態度によるものである。(p.99)

当社がこのような仕事をすると、クライアントが当社に依頼してくれた意味がなくなり、この会社を始めた意味がなくなります。やはり、1件1件、原文をよく読みよく考え、技術的にも特許的にも内容にまで踏み込んだガチンコ勝負の翻訳をすることが当社の存在意義だと考えています。

“also”が意味すること

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特許英訳において、“also”(意味:likewise, in addition to, too, besides)が使われることがよくあります。例えば、“X may also include Y.”という具合です。しかし、この文章は、“also”があるために2通りの解釈が可能となっており、曖昧だと思います。1つ目の解釈は、Xは、例えばZというものの他にさらにYを備えてもよいという解釈です。多くの場合、この解釈が意図されていると思われます。2つ目の解釈は、X以外の何かがYを備えているのに加えて、XもYを備えてもよいという解釈です。どちらの解釈が意図されているかは文脈から判断できることもあれば、判断できないこともあります。1つ目の解釈が正解に決まっているだろうと思われるかもしれませんが、2つ目の解釈も不可能ではないため、上記表現は権利文書の表現としては好ましくないのではないかと考えています。

一義的に1つ目の解釈になるような表現を考えてみると、“also”をとって“X may include Y.”ではどうでしょうか。“also”の代わりに“further”を使って“X may further include Y.”とすることも考えられますが、この場合、XはYを既に持っていて、さらにもう1つYを備えてもよいという解釈も不可能ではないため、私は“further”にも注意しています。これに関連して、XはZに加えてYを備えてもよいし、Zに代えてYを備えてもよいということを表す場合に、“X may further or instead include Y.”と表現されることがあります。“further”を“also”に置き換えた例もあります(実際、“also or instead”の方が使用例が多いです)。しかし、この文章も上記“X may also include Y.”と同様、“further or instead”が示唆する可能性を文脈から判断するという作業を読み手に強いるため、“X may include Y in addition to or instead of Z.”などにした方がより明確だと思います。2つ目の解釈については別の機会に詳しく書きたいと思います。

“such that”はクレーム限定として弱い

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特許翻訳において、“such that”という表現が頻繁に使用されているのを目にします。“such that”は便利な表現で、物事の状態を説明する際、形容詞を使用することが難しい(使用したくない)ときなどに、“such that”を使って、最終的にどのようになるのかという結果を説明することにより、物事の状態を間接的に説明することができます。『表現のための実践ロイヤル英文法』(pp. 247-248)において、“such that”について次のように解説されています。

<such that …>の形で、形容詞なしで使うこともある。

His pronunciation in Japanese was such that it was practically impossible to understand him.
(彼の日本語の発音は、なかなか聞き取れないものだった)

この例の場合、その「発音」が具体的にどんなものだったのかを、形容詞で表現するのではなく、聞き手[読み手]の想像に任せ、結果(「聞き取れない」こと)を述べるだけである。次の例もそうである。

The force of the explosion was such that it was heard throughout the town.
(その爆発は、爆音が町中に聞こえるくらい力のあるものだった)

“such that”はこのように便利な表現ですが、私は極力使用しないようにしています。なぜかというと、上記解説にあるように、“such that”は「聞き手[読み手]の想像に任せ」る部分があり、説明として「ピンとこない」ことが多いからです。また、“such that”の後は節(S+V…)になり、クレームにおいてこのような形はnarrativeだとして嫌われる傾向にあります。このように、“such that”による限定はクレーム限定としては弱く、私が勤めていた米国知財法律事務所では、クレームリバイズの際、“such that”が使われているとこれをより直接的で分かりやすい表現に書き換えていました。複雑な原文に対してすぐに“such that”(あるいはsuch~that)に逃げるのではなく、“such that”を使わないと決めて、より明快な表現を求めて果敢に挑戦する方が特許翻訳者としてのスキルが上がるのではないでしょうか。

文系・理工系にかかわらず、特許翻訳者は技術の研究をする必要がある

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『3D印刷の現在、将来、そして英語』(http://beikokupat.com/blog/?p=743)において、「同格のコンマ」について触れました。特許翻訳で同格のコンマを正しく使えるようになるためには、何よりもまず、原文において同格の関係を見抜くことができるようになる必要があります。同格の関係を見抜けるためには、原文をよく読むことはもちろんですが、技術内容をしっかりと理解することが重要だと思います。ここが、特に文系出身と言われる特許翻訳者が難しいと感じるところかも知れません。しかし、同格の関係をきちんと英文に示すなどの配慮のできる一流の特許翻訳者になるためには、技術の理解は避けて通れないことです。また、いわゆる理工系出身の特許翻訳者であっても、何でも理解できるわけではないので、同じく技術の研究は必要です(自分は理工系出身だから技術の勉強はしなくていいなどと考えている特許翻訳者はいないでしょう)。

特許の機械分野などに制御系(制御システム)というものがよく出てきます。私は学生のとき制御工学を勉強しましたが、私にとって非常に難しく、理解するのに苦労した覚えがあります。講義で教授の話すことが最初から最後までまったく理解できなかったこともありました。制御工学は微分方程式を理解していることが前提となっており、まずこれをマスターするのに非常に苦労しました。何とか単位は取りましたが、不十分な理解のままで終わってしまい、このことがずっと心残りでした。仕事で制御系の理解が必須となっている今、当時の不十分な理解のままではいい仕事ができないので、自分なりに勉強を続けています。例えば、“Control Systems Engineering”(Norman S. Nise著)という英語圏の大学生向けのテキストを読んだり問題を解いたりしています。また、例えばバイオ分野について、私は大学で基礎科目しか勉強しておらず専門外と言えますが、バイオ分野の特許もしっかりと理解したいので、これも自分なりに勉強しています。例えば、“Molecular Biology of the Cell”(通称「ザ・セル」)という有名な本があり、私はこの本が改定される度に買い直しています。このように、文系・理工系にかかわらず、特許翻訳者は技術の研究も常にする必要があるのではないでしょうか。文系出身の方で、「化学式あるいは積分記号を目にした途端、頭の中が真っ白になります」という方は、そのままではいい仕事はできないと思われるため、毎日の生活の中に少しずつでも技術の勉強を取り入れてみてはどうかと思います。

茶道から学んだこと

昨日、所用があり京都に日帰りで行ってきました。以前京都で、長い間裏千家の先生について茶道を習っていました。今は稽古を休止していますが、今でも京都を訪れた際はできるだけ先生のところに挨拶に立ち寄るようにしており、昨日もそうしました。挨拶に行くとほぼ必ずお茶(もちろん抹茶)を飲んで行けと言われ、昨日も先生が点ててくれたお茶をいただいてから帰りました。

最後に稽古をしてから数年経ち、ほとんどの所作を忘れてしまったので、今では薄茶を点てるぐらいしかできませんが、常々お茶をやりながら感じていたことがあります。それは、お茶の所作は無駄な動きがないという点で、無駄なことを書かないという英文ライティングの精神に似ているということです。これはひょっとしたら私の思い込みで間違ったお茶の楽しみ方だったかも知れませんが、私はいかに最短距離で道具を動かすかということに楽しみを見出していました。これと同じで、英文ライティングにおいては伝えたいことを最小限の語数によって最短距離で伝えることが美しいと思っています。もちろん、伝えるべきことはしっかりと伝わるようにしなければいけませんが。これに関して、「ミニスカート理論」というものがあるそうです。ひんしゅくを買いそうな考え方かも知れませんが、次のように、良い英文ライティングはミニスカートのようでなければならないというものです。 “Good writing should be like a skirt: Long enough to cover subject, but short enough to stay interesting.” “they should be long enough to cover what needs to be covered and short enough to be interesting.”

茶道の先生との交流を通して学んだことがあります。それは、熟練の茶人はテクニックを超越した凄さや美しさがあるということです。お点前が非常に上手い人や流れるような美しい所作をする人は周りにたくさんいましたが、こういう人たちとは明らかに一線を画した凄い人たちがいます。私の先生はまさにそうです。どう凄いのかはうまく説明できませんが、気負ったところがないというか、角がないというか、私のように上手く見せよう、美しく見せようといった邪念がないにもかかわらず、凄みや美しさが伝わってきます。もちろんテクニックや理論、歴史などを自分なりに消化した上での姿だと思いますが、体現しているものが明らかに他の人とは違い、これは一体何なのだろうとずっと疑問に思ってきました。

これと似たことを仕事でも感じたことがあります。アメリカの知財法律事務所にいたとき、オフィスアクションへのレスポンスをスタッフが書いたものをよくチェックしていました。ある血気盛んな若手スタッフが書いたレスポンスは、反論の材料が満載で、それらがガチガチに理論立てて組み立てられていました。読んでいて圧倒されるような勢いがあり、まるで「どうだ、私は凄いだろう」と言っているかのようでした。これをたまに上司の弁護士が書き直すことがあり、書き直したものを見ると、ほとんどの場合、量が半分以下になっていました。内容もほとんど書き直され、「論じるな、事実を書け」が徹底された内容になっており、これが権利化への最短距離だと言わんばかりの、美しさすら感じるものでした。私自身、レスポンスを「上手く」書こうとしていたように思います。そうではなく、「効果的に」書くというのが大事で、そのためにあえて「書かない」こともあるという「引きの美学」のようなものを学びました。

同様のことが特許翻訳にも言えると思います。これまで「上手い」と言われる特許翻訳をいくつか見てきましたが、文面から、翻訳者が自分の上手さを誇示しているような印象を受けることがあります。あるいは言葉と戯れているという言い方もできるかも知れません。これが出願人の利益となっているかどうかはまた別問題であることは『特許翻訳における部分最適と全体最適の両立』(http://beikokupat.com/blog/?p=526)に書いた通りです。私も含め、世の中の特許翻訳者はまだまだ「青い」人が多い気がします。会社を始めてから、上記偉人たちから感じるような凄さをもった翻訳者に会ったことがありません。青い仕事人から抜け出すためにどうすればいいか、私自身ずっと考えています。

『簡潔な文章への提言』

私は、日本語で書かれた特許明細書を英訳する際、形容詞などの修飾語の扱いに細心の注意を払っています。例えば、クレームの原文で「微量」と書かれているとすると、「微」という相対的な(人によって感じ方が変わる)表現を英訳するにあたり、例えば「ある結果Aをもたらすために必要な最低限の量」のように読み替えて英訳するか、クライアントによっては「微量」のまま英訳して「~最低限の量」という説明を実施形態の説明部分に加えることを提案するという対応をとっています。

このような注意をするようになった最初のきっかけは、かつて木村進一先生(http://beikokupat.com/blog/?p=437)の講義を受けたことでした。簡潔な文章を書くという文脈の話のなかで、「形容詞には気をつけろ」「できれば使うな」と仰っていた覚えがあります。そのときに使われた資料『簡潔な文章への提言』を今でも大切に持っています。関係のある部分をここに引用します。

<以下引用>

簡潔な文章への提言

講師 木村進一

提言その1ー修飾的言辞についてー

修飾語(句)は技術的範囲(権利範囲)に影響することがあるので、実に(ゲニ)おそろしきは修飾語である。その意味で修飾語は情報伝達の上で妨げになることが多い。修飾語は恣意的・主観的で情報の客観性を阻害するからである。明細書や契約書のような技術的・法律的な文書では修飾語は限定的に働くので特に注意が必要である。外山滋比古著「文章を書く心」(福武文庫)の「飾り」の章(57頁)から三つの例文を引用して修飾的言辞の問題点を考えてみたい。

例文(1)
A.白い
B.よりいっそう白い
C.もっとも白い

このうちどれがいちばん白いか。
著者は、いちばん白いのは、Aのただの「白い」である。BはいかにもAよりさらに白いように見えるが、そうとは限らない。Cの「もっとも白い」も薄汚く汚れている三枚の紙のうち「もっとも白い」のかもしれない。どこへ行っても100%「白い」といって通用するのはAである、と述べられている。これが事実の陳述(factual account)である。特許明細書では正にこれが要求されている。依頼人のご機嫌だけを伺うような文章ではこの原則が狂う。明細書では上記BやCの表現が多い。外国出願となるとそれがそのまま英訳されるので問題である。

例文(2)
「豊かな人間性とすぐれた個性をそなえたりっぱな職員になろうと新たな希望をもって、新しい職場へ移りました」(転勤に当たって知友に送ったあいさつ状の一部)
【改定文】「個性をもった職員になろうという希望をもって新しい職場へ移りました」。

例文(3)
「四月。目に映るものすべてが新鮮であった。学生にとっての一年は確かに四月からはじまるのだから、当然と言えばそれまでだが、あれほど夢見ていた世界の扉を自分で押しあけたという実感で、以前とは比べられないほどの輝きを放っていた」。
【改定文】
「四月。目に映るものすべてが新鮮であった。学生の一年は確かに四月からはじまるのだから、当然かもしれないが、夢に見ていた世界の扉を自分で押しあけたという実感があって、まわりがこれまでとは違った輝きを放っていた」

著者は、「以前とは比べられないほどの輝きを放っていた」の主語が不明であるとし、もし、「目に映るものすべて」が主語なら間に言葉が入り過ぎて結び付けるのは無理であり、主語なしの文になる、として改定文では「まわりが」という語が加えられた。
上記例文(1)に関連していうと、比較表現は英語でもしばしば問題になる。

例文
(1) The coated metal sheet is heated as long as all others are.
(2) I like this story as much as I liked all his others.

(1)にはlong、(2)にはmuchとあるが、比較する対象によっては額面通り受け取れない。longとあっても瞬間的かもしれないし、I like much …とmuchがあるから大好きかと思えば、嫌いという意味にもなる。比較的表現は法律・技術英語では避けるべきである。発明の長所(merits)は修飾的表現ではなく、事実をして語らしめるという態度が必要である。叙述(description)とはそういうことである。この点に関しStrunk and White (“The Elements of Style”)の次の言葉は特許実務者の肝に銘ずべき教えだろうと思う。

Vigorous writing is concise. A sentence should contain no unnecessary words, a paragraph no unnecessary sentences, for the same reason that a drawing should have no unnecessary lines and a machine no unnecessary parts. This requires not that the writer make all his sentences short, or that he avoid all detail and treat his subjects only in outline, but that every word tell.
(力強い文章は簡潔である。文章は不必要な言葉を含んではならない。パラグラフは不必要な文を含んではならない。それは丁度、絵に不必要な線や、機械に不必要な部品があってはならないのと同じである。このことは、全ての文章を短くせよとか、詳細を省いて要約だけでいいとかいうのではない。一つ一つの言葉に意味をもたせよ、ということである。)

「一つ一つの言葉に意味をもたせよ」とあるが、英語では一語一語が主張をもっている。言葉の選択・吟味が必要なゆえんである。

<引用終わり>

この講義で初めて、Strunk and Whiteの”make every word tell”という強烈なメッセージとその重要性を知りました(個人的には、スティーブン・R・コヴィー博士のの”Think Win-Win”、映画『ウォール街』でゴードン・ゲッコーが言い放った”Greed is good”と同じぐらい印象深い言葉です)。

木村先生の講義を受けたのは10年以上前ですが、当時配られた資料はほぼすべて保管しており、時々読み返しています。また、英文クレームを作っているとき、木村先生ならこれをどう表現されるだろうか、こんな風に書いたら木村先生に笑われるのではないだろうか、だからもっと推敲しよう、などと考えることがあります。

 

同時を表すas

asには数種類の意味があり、意図した意味と違う意味にとられることを避けるために、私はasを極力使わないようにしています。が、『表現のための実践ロイヤル英文法』にasとwhenの違いについての興味深い説明がありましたので、メモ代わりにここに引用します。asがもつ以下のニュアンスを出すことが絶対に必要なときは、asの使用を考えてもいいかもしれません。

(3)as
「~しながら」、「~するとき」など、同時を表すにはasを用いる。

Everyone stood up as the judge entered the courtroom.
(裁判官が入廷するときだれもが立ち上がった)

●同じ「~するとき」でも、whenよりもasのほうが、「~する」ことが行われている間に、という感じが強い。したがって、逆に上の文のasをwhenにすると、入廷することが一瞬にして終わってしまったという感じになる。
◆裁判官が入廷するときに全員が起立するのは、裁きをする者の地位に対する敬意の印で、その精神は古くは旧約聖書の詩篇50に求められるという。

She sang as she walked down the hall.
(廊下を歩きながら彼女は歌を歌っていた)

As he was eating, he recalled what his father had said.
(食事をしながら、彼は父が言ったことを思い出した)

As a child he often read comic books.
(子供のころ、彼は漫画の本をよく読んでいた)
●これはWhen he was a child, … .と同じ意味である。As he was a child, … .と言うと、「こどもだったので」の意味になる。

pp. 237-238

私は、asの誤用は、「~として」の意味で使われるときにいちばんよく見られると思っています。これについては、『米国出願用特許翻訳・重要ポイント解説』(http://beikokupat.com/email_seminar/)の第13回目『「として」をasにすると誤訳になることがある』で書きました。