一流の特許翻訳者になる

茶道から学んだこと

昨日、所用があり京都に日帰りで行ってきました。以前京都で、長い間裏千家の先生について茶道を習っていました。今は稽古を休止していますが、今でも京都を訪れた際はできるだけ先生のところに挨拶に立ち寄るようにしており、昨日もそうしました。挨拶に行くとほぼ必ずお茶(もちろん抹茶)を飲んで行けと言われ、昨日も先生が点ててくれたお茶をいただいてから帰りました。

最後に稽古をしてから数年経ち、ほとんどの所作を忘れてしまったので、今では薄茶を点てるぐらいしかできませんが、常々お茶をやりながら感じていたことがあります。それは、お茶の所作は無駄な動きがないという点で、無駄なことを書かないという英文ライティングの精神に似ているということです。これはひょっとしたら私の思い込みで間違ったお茶の楽しみ方だったかも知れませんが、私はいかに最短距離で道具を動かすかということに楽しみを見出していました。これと同じで、英文ライティングにおいては伝えたいことを最小限の語数によって最短距離で伝えることが美しいと思っています。もちろん、伝えるべきことはしっかりと伝わるようにしなければいけませんが。これに関して、「ミニスカート理論」というものがあるそうです。ひんしゅくを買いそうな考え方かも知れませんが、次のように、良い英文ライティングはミニスカートのようでなければならないというものです。 “Good writing should be like a skirt: Long enough to cover subject, but short enough to stay interesting.” “they should be long enough to cover what needs to be covered and short enough to be interesting.”

茶道の先生との交流を通して学んだことがあります。それは、熟練の茶人はテクニックを超越した凄さや美しさがあるということです。お点前が非常に上手い人や流れるような美しい所作をする人は周りにたくさんいましたが、こういう人たちとは明らかに一線を画した凄い人たちがいます。私の先生はまさにそうです。どう凄いのかはうまく説明できませんが、気負ったところがないというか、角がないというか、私のように上手く見せよう、美しく見せようといった邪念がないにもかかわらず、凄みや美しさが伝わってきます。もちろんテクニックや理論、歴史などを自分なりに消化した上での姿だと思いますが、体現しているものが明らかに他の人とは違い、これは一体何なのだろうとずっと疑問に思ってきました。

これと似たことを仕事でも感じたことがあります。アメリカの知財法律事務所にいたとき、オフィスアクションへのレスポンスをスタッフが書いたものをよくチェックしていました。ある血気盛んな若手スタッフが書いたレスポンスは、反論の材料が満載で、それらがガチガチに理論立てて組み立てられていました。読んでいて圧倒されるような勢いがあり、まるで「どうだ、私は凄いだろう」と言っているかのようでした。これをたまに上司の弁護士が書き直すことがあり、書き直したものを見ると、ほとんどの場合、量が半分以下になっていました。内容もほとんど書き直され、「論じるな、事実を書け」が徹底された内容になっており、これが権利化への最短距離だと言わんばかりの、美しさすら感じるものでした。私自身、レスポンスを「上手く」書こうとしていたように思います。そうではなく、「効果的に」書くというのが大事で、そのためにあえて「書かない」こともあるという「引きの美学」のようなものを学びました。

同様のことが特許翻訳にも言えると思います。これまで「上手い」と言われる特許翻訳をいくつか見てきましたが、文面から、翻訳者が自分の上手さを誇示しているような印象を受けることがあります。あるいは言葉と戯れているという言い方もできるかも知れません。これが出願人の利益となっているかどうかはまた別問題であることは『特許翻訳における部分最適と全体最適の両立』(http://beikokupat.com/blog/?p=526)に書いた通りです。私も含め、世の中の特許翻訳者はまだまだ「青い」人が多い気がします。会社を始めてから、上記偉人たちから感じるような凄さをもった翻訳者に会ったことがありません。青い仕事人から抜け出すためにどうすればいいか、私自身ずっと考えています。

『簡潔な文章への提言』

私は、日本語で書かれた特許明細書を英訳する際、形容詞などの修飾語の扱いに細心の注意を払っています。例えば、クレームの原文で「微量」と書かれているとすると、「微」という相対的な(人によって感じ方が変わる)表現を英訳するにあたり、例えば「ある結果Aをもたらすために必要な最低限の量」のように読み替えて英訳するか、クライアントによっては「微量」のまま英訳して「~最低限の量」という説明を実施形態の説明部分に加えることを提案するという対応をとっています。

このような注意をするようになった最初のきっかけは、かつて木村進一先生(http://beikokupat.com/blog/?p=437)の講義を受けたことでした。簡潔な文章を書くという文脈の話のなかで、「形容詞には気をつけろ」「できれば使うな」と仰っていた覚えがあります。そのときに使われた資料『簡潔な文章への提言』を今でも大切に持っています。関係のある部分をここに引用します。

<以下引用>

簡潔な文章への提言

講師 木村進一

提言その1ー修飾的言辞についてー

修飾語(句)は技術的範囲(権利範囲)に影響することがあるので、実に(ゲニ)おそろしきは修飾語である。その意味で修飾語は情報伝達の上で妨げになることが多い。修飾語は恣意的・主観的で情報の客観性を阻害するからである。明細書や契約書のような技術的・法律的な文書では修飾語は限定的に働くので特に注意が必要である。外山滋比古著「文章を書く心」(福武文庫)の「飾り」の章(57頁)から三つの例文を引用して修飾的言辞の問題点を考えてみたい。

例文(1)
A.白い
B.よりいっそう白い
C.もっとも白い

このうちどれがいちばん白いか。
著者は、いちばん白いのは、Aのただの「白い」である。BはいかにもAよりさらに白いように見えるが、そうとは限らない。Cの「もっとも白い」も薄汚く汚れている三枚の紙のうち「もっとも白い」のかもしれない。どこへ行っても100%「白い」といって通用するのはAである、と述べられている。これが事実の陳述(factual account)である。特許明細書では正にこれが要求されている。依頼人のご機嫌だけを伺うような文章ではこの原則が狂う。明細書では上記BやCの表現が多い。外国出願となるとそれがそのまま英訳されるので問題である。

例文(2)
「豊かな人間性とすぐれた個性をそなえたりっぱな職員になろうと新たな希望をもって、新しい職場へ移りました」(転勤に当たって知友に送ったあいさつ状の一部)
【改定文】「個性をもった職員になろうという希望をもって新しい職場へ移りました」。

例文(3)
「四月。目に映るものすべてが新鮮であった。学生にとっての一年は確かに四月からはじまるのだから、当然と言えばそれまでだが、あれほど夢見ていた世界の扉を自分で押しあけたという実感で、以前とは比べられないほどの輝きを放っていた」。
【改定文】
「四月。目に映るものすべてが新鮮であった。学生の一年は確かに四月からはじまるのだから、当然かもしれないが、夢に見ていた世界の扉を自分で押しあけたという実感があって、まわりがこれまでとは違った輝きを放っていた」

著者は、「以前とは比べられないほどの輝きを放っていた」の主語が不明であるとし、もし、「目に映るものすべて」が主語なら間に言葉が入り過ぎて結び付けるのは無理であり、主語なしの文になる、として改定文では「まわりが」という語が加えられた。
上記例文(1)に関連していうと、比較表現は英語でもしばしば問題になる。

例文
(1) The coated metal sheet is heated as long as all others are.
(2) I like this story as much as I liked all his others.

(1)にはlong、(2)にはmuchとあるが、比較する対象によっては額面通り受け取れない。longとあっても瞬間的かもしれないし、I like much …とmuchがあるから大好きかと思えば、嫌いという意味にもなる。比較的表現は法律・技術英語では避けるべきである。発明の長所(merits)は修飾的表現ではなく、事実をして語らしめるという態度が必要である。叙述(description)とはそういうことである。この点に関しStrunk and White (“The Elements of Style”)の次の言葉は特許実務者の肝に銘ずべき教えだろうと思う。

Vigorous writing is concise. A sentence should contain no unnecessary words, a paragraph no unnecessary sentences, for the same reason that a drawing should have no unnecessary lines and a machine no unnecessary parts. This requires not that the writer make all his sentences short, or that he avoid all detail and treat his subjects only in outline, but that every word tell.
(力強い文章は簡潔である。文章は不必要な言葉を含んではならない。パラグラフは不必要な文を含んではならない。それは丁度、絵に不必要な線や、機械に不必要な部品があってはならないのと同じである。このことは、全ての文章を短くせよとか、詳細を省いて要約だけでいいとかいうのではない。一つ一つの言葉に意味をもたせよ、ということである。)

「一つ一つの言葉に意味をもたせよ」とあるが、英語では一語一語が主張をもっている。言葉の選択・吟味が必要なゆえんである。

<引用終わり>

この講義で初めて、Strunk and Whiteの”make every word tell”という強烈なメッセージとその重要性を知りました(個人的には、スティーブン・R・コヴィー博士のの”Think Win-Win”、映画『ウォール街』でゴードン・ゲッコーが言い放った”Greed is good”と同じぐらい印象深い言葉です)。

木村先生の講義を受けたのは10年以上前ですが、当時配られた資料はほぼすべて保管しており、時々読み返しています。また、英文クレームを作っているとき、木村先生ならこれをどう表現されるだろうか、こんな風に書いたら木村先生に笑われるのではないだろうか、だからもっと推敲しよう、などと考えることがあります。

 

よく使うフォントを既定のフォントにする

「MSWordで英数半角をデフォルトにする」(http://beikokupat.com/blog/?p=645)で説明した設定と同時に、私はMSWordでよく使うフォント(Times New Roman)を既定のフォントにしています。こうすることによって、MSWord文書で英文を書くときに、デフォルトで規定になっているフォント(通常はCentury)からよく使うTimes New Romanに変更する作業(一瞬ではありますが)をしなくてすみます。設定方法は次の通りです。

・「ホーム」タブの「フォント」ダイアログボックスをクリックし、「フォント」タブをクリックする
hometab

・「英数字用のフォント」をよく使うフォントにする(画像はTimes New Roman)
dialogbox1

・「サイズ」をよく使うサイズにする(画像は12ポイント)
dialogbox2

・「既定に設定」をクリックする
dialogbox3

・変更を適用する範囲を指定する(すべての文書に変更を適用したいので、「Normal .dotm テンプレートを使用したすべての文書」を選択する)
dialogbox4

・「OK」をクリックして、変更を適用する。
dialogbox5

MSWordで英数半角をデフォルトにする

私は仕事柄、Word文書を使うとき、ほとんどの場合、英語で文章を書きます。英語での文章を書きやすくするために、入力モードをデフォルトで英数半角に設定しています。つまり、Word文書を開けば、いきなり英数半角で文章を書けるようにしており、こうすることによって、全角から半角に変える作業をしなくてすみます。ちょっとした工夫ではありますが、英語を書くつもりで文字を入力したら全角で入力されてしまいストレスを感じる、ということがないので、私はこの設定を非常に便利に感じています。具体的な設定方法(Word2010~)は以下の通りです。

・Wordのファイルメニューから「オプション」を選択する
・Wordのオプションのダイアログボックスを表示させる
・ダイアログボックスの「言語」をクリックする
・「編集言語」の選択のところで英語(米国)をクリックして規定に設定する
・「OK」をクリックする
・再起動する

「オプション」を選択
option

「言語」をクリック
wordoption

英語(米国)を規定に設定する
gengo

同時を表すas

asには数種類の意味があり、意図した意味と違う意味にとられることを避けるために、私はasを極力使わないようにしています。が、『表現のための実践ロイヤル英文法』にasとwhenの違いについての興味深い説明がありましたので、メモ代わりにここに引用します。asがもつ以下のニュアンスを出すことが絶対に必要なときは、asの使用を考えてもいいかもしれません。

(3)as
「~しながら」、「~するとき」など、同時を表すにはasを用いる。

Everyone stood up as the judge entered the courtroom.
(裁判官が入廷するときだれもが立ち上がった)

●同じ「~するとき」でも、whenよりもasのほうが、「~する」ことが行われている間に、という感じが強い。したがって、逆に上の文のasをwhenにすると、入廷することが一瞬にして終わってしまったという感じになる。
◆裁判官が入廷するときに全員が起立するのは、裁きをする者の地位に対する敬意の印で、その精神は古くは旧約聖書の詩篇50に求められるという。

She sang as she walked down the hall.
(廊下を歩きながら彼女は歌を歌っていた)

As he was eating, he recalled what his father had said.
(食事をしながら、彼は父が言ったことを思い出した)

As a child he often read comic books.
(子供のころ、彼は漫画の本をよく読んでいた)
●これはWhen he was a child, … .と同じ意味である。As he was a child, … .と言うと、「こどもだったので」の意味になる。

pp. 237-238

私は、asの誤用は、「~として」の意味で使われるときにいちばんよく見られると思っています。これについては、『米国出願用特許翻訳・重要ポイント解説』(http://beikokupat.com/email_seminar/)の第13回目『「として」をasにすると誤訳になることがある』で書きました。

eachを使って数の対応を明確にする

特許翻訳では、eachを使って数の対応を明確にするという手法があります。これについて、『表現のための実践ロイヤル英文法』で解説されており、該当部分を以下に引用します。以下の解説において、「あいまいさが許されない文」と書かれていますが、特許文書がこれに該当すると思います。

Helpful Hint 87 「主語が複数で各自が1つ」を正確に表すには?
上の「(3)主語が複数で、各自が1つずつ何かを持っているというような場合」、確かに日常会話や友人どうしのメールであれば、All my neighbors have dogs.(私の近所の家はみな犬を飼っている)のように、「可算名詞なら複数形」にしてもまったく差し支えない。
しかし、論文やビジネスレターとなると、そうした表現はあいまいすぎるケースも出てくるかもしれない。具体的に言うと、All my neighbors have dogs.という表現だけでは、「近所の家はみな犬を1匹飼っている」とは限らず、「数匹飼っている家」も十分考えられる。逆に、単数形を使う“… students have to write a paper of 20 to 25 pages.”(・・・生徒は20ないし25ページのレポートを書かなければならない)の場合、「生徒たちはみんなで(協力して)1つのレポートを書けばいい」とも受け止められる。このようなあいまいさが許されない文を書くときには、eachという語が役立つ。それぞれEach of my neighbors has a dog./ …each student has to write a paper … .と書けば、受け止め方が1つしかない表現になるのである。
また、eachは「各自に1つずつ」でない場合にも役立つ。たとえば、「近所の家は、犬を1匹飼っている家もあれば、数匹飼っている家もある」という状況を表すには、“Each of my neighbors has at least one dog.”(近所の各家はみな犬を少なくとも1匹飼っている)という言い方がちょうどよい。あるいは、「生徒は各自レポートを3つ書かなければならない」なら、“Each student has to write three papers.”と言えばよい。

表現のための実践ロイヤル英文法』p. 346

“configured to”についての記事をアップしました

米国特許クレームにおいて多用されている“configured to”(MPEP2181)について、USPTOのPTAB(Patent Trial and Appeal Board、特許公判審判部)の解釈を調査した記事があることを知り合いから教えてもらいました。

“Analysis of 2013 Board Decisions Regarding ‘Configured to’ Language”
http://patentlyo.com/patent/2014/02/decisions-regarding-configured.html

要点を日本語でまとめて、当社のHPに掲載しました。

『PTAB審決における“configured to”の解釈』
https://goo.gl/mc58R3

 

蛇足ですが、PTABは「ピーブ」と発音するようです。
https://www.youtube.com/watch?v=7Do2qUbAKjM

特許翻訳における部分最適と全体最適の両立

先日、日頃お世話になっている方との話のなかで、部分最適と全体最適という言葉が出てきました。部分最適とは、言葉通りで、部分的な最適を目指すこと、つまり細かな部分や自分が責任を負っている部分のみに力を入れることです。全体最適とは、全体の最適を目指すこと、つまり全体に気を配ることです。部分最適のみを実現することを「木を見て森を見ず」と言い、何事においても、部分最適と全体最適の両方を実現した方が良い結果になることが多いと思います。部分最適と全体最適を特許業界に当てはめてみると、まず全体最適は、特許クレームが審査と権利行使に耐えるようにすること、つまり出願人の利益になるようにすることではないかと思います。一方、部分最適の「部分」としては様々なものが考えられます。特許翻訳もその1つで、特許翻訳会社である私の立場から言えば、特許明細書の翻訳が最適となるように努力することと言えるでしょうか。

私の会社では、特許翻訳における部分最適と全体最適の両立を目指しています。というのは、いくら特許翻訳という部分最適を実現したとしても、例えば、もととなる日本語明細書に問題があれば、全体最適にはならず、部分最適さえも意味がなくなるように思われるからです。例えば、翻訳にあたり、OALDをいくら細かく見て英単語のニュアンスを探っても、あるいはFowlerにまでさかのぼって最適な英語表現を研究したとしても、翻訳している発明自体が例えば米国特許法101条(Patent Subject Matter Eligibility)違反であれば一発でアウトになります。こうなると、部分最適なはずの翻訳は出願人にとって使い物にならず、翻訳者の単なる自己満足あるいはただの英語好きの言葉遊びと変わりありません。これに対して翻訳者の多くは、私の翻訳は完璧であり、101条違反であるかどうかは私の責任ではありません、と言い返すことでしょう。「101条違反だなんて言われても・・・」というのが翻訳者の率直な気持ちだと思います。しかし、出願人にとっては、翻訳されたクレームが101条違反で拒絶されたという紛れもない事実があり、出願前に101条違反を見逃したのは翻訳者なのかそれとも特許事務所なのかといったことには興味がない、とあるメーカーの知財担当の方が言っていました。少なくとも、翻訳を担当した私が101条違反に気づき、全体最適という使命感をもって何らかのアクションを起こしていれば、拒絶は避けられたかも知れません。こういった理由で、特許翻訳者が部分最適と全体最適を両立することは重要だと考えています。

一方で、特許翻訳者や翻訳会社が部分最適と同時に全体最適も目指す場合において、(心理的な)制約のようなものが存在するかと思います。それは、特許翻訳者や翻訳会社が上記のように全体最適という使命感をもって何らかのアクションを起こすことが「越権行為」ととられるのではないかいう懸念です。これは特に、特許事務所をクライアントとして持つ翻訳会社や特許翻訳者に当てはまるのではないでしょうか。しかし、どう思われようとも、最終的に出願人の利益になることを目指すという全体最適のためには、言うべきことはきちんと言うべきだと考えています。(これに関連して、翻訳会社が、例えば米国用の特許クレームを作成することについて法的な問題はありません。)私の会社はよく、「御社は特許事務所がやるような仕事をやっておられますね」と言われることがあります。いくつかには、「一介の翻訳会社が、なんと生意気な」というニュアンスが含まれているのを感じます。しかし、当社は部分最適と全体最適の両立を目指しているので、このようなことは気にしないようにしています。とはいっても、当社はまだまだ部分最適の域を出ておらず、そういう意味では、当社も数多ある翻訳会社とまったく変わらないと言えるかも知れません。全体最適を実現するために、日々研究を続けていこうと思っています。

効果に説得力をもたせるために工夫している点を「知財英語情報」に書きました

特許明細書には必ずといっていいほど効果が記載されていますが、効果を英訳するにあたり、説得力のある英文にするために当社が工夫している点をホームページの「知財英語情報」に書きました。主に、“otherwise”の重要性と便利さについて書いています。文脈によっては、原文に対応語がなくても“otherwise”を補足しないと、読み手に効果をきちんと伝えられないだけでなく、効果を自ら否定していると解釈されかねないと考えています。

『説得力のある効果にするための英文の工夫 ~「…を使用することにより」とotherwise~』
https://goo.gl/G4D4eU

特許翻訳における「高収入」について

特許翻訳は、最も難易度の高い翻訳ジャンルの一つと言われています。高い語学力はもちろん、科学技術と法律の知識も必要だからというのが理由のようです。その分報酬も他の翻訳ジャンルと比べて高い傾向にありますが、ここ数年、特許翻訳の料金も下がり続けています。特に、フリーランスの特許翻訳者の翻訳単価はここ20〜30年の間に50%以下にまで落ち込んだとも言われています。一昔前は特許翻訳者の絶対数が少なく、特許翻訳ができる人は先行者利益により上手い下手にかかわらず誰でもお金持ちになれたと聞いたことがあります。しかし昨今では、特許翻訳者の数も増えて人々の特許翻訳を見る目も肥え、専業の特許翻訳者としてそれなりの生活をしていくためにはそれ相応の努力や工夫が必要になってきていると思います。したがって、低価格化、高品質化という意味では、特許翻訳業界も他の業界同様、至極適正になったのではないかと私は思っています。時々、「特許翻訳は高収入」のように書かれている翻訳コースの広告を翻訳雑誌などで目にすることがありますが、これは他の多くの業種と同様、本人の努力と工夫次第で高収入も不可能ではない、ととらえるべきです。

「高収入」とは具体的にいくらか、については人によって意見が分かれるところですが、特許翻訳業界ではだいたい年収1000万円以上を稼ぐと高収入と言えるのではないかと思います。私の知り合いに、年収が1000万円~2000万円の特許翻訳者が5、6人います。この方々に共通する特徴はあるだろうかと考えてみました。男女比率は半々ぐらいで、全員がフリーランス、そして多くが毎月膨大な量の翻訳をこなすことでこの高収入を実現しています。あまり聞こえのよくない言葉で言うと薄利多売と言えるかも知れませんが、これが特許翻訳で高収入を得ることができる確率の高い方法だということが言えると思います。

膨大な量の翻訳をこなすためには、マクロなどの翻訳支援ツールを駆使しているのだろうと思われるかも知れませんが、上記の方々は翻訳支援ツールを「そこそこ」にしか使っていないようです。1人の方は、マクロはもちろん、パソコンや機械をいじるのが苦手だと言っていました。これは極端な例ですが、翻訳支援ツールの開発ばかりに注力して、肝心の翻訳は薄っぺらいものになっているという、手段が目的化している翻訳者を何人も見てきました。このような特性の翻訳者は、少なくとも私が知っている上記5、6人の特許翻訳者にはいません。翻訳支援ツールを適度に使いつつ、原文と真剣に向き合って翻訳する。そして、これを1日の大半を使って行うことによって毎月の翻訳量が膨大になっていく、という共通点を上記の方々から見い出せるかも知れません。もちろん、翻訳支援ツールを自由自在に使うことができて翻訳能力も高い水野麻子さんのような翻訳者は世間にいると思いますが、あまり顔が広くないせいか、私はこのような翻訳者を水野さん以外知りません。