『簡潔な文章への提言』

私は、日本語で書かれた特許明細書を英訳する際、形容詞などの修飾語の扱いに細心の注意を払っています。例えば、クレームの原文で「微量」と書かれているとすると、「微」という相対的な(人によって感じ方が変わる)表現を英訳するにあたり、例えば「ある結果Aをもたらすために必要な最低限の量」のように読み替えて英訳するか、クライアントによっては「微量」のまま英訳して「~最低限の量」という説明を実施形態の説明部分に加えることを提案するという対応をとっています。

このような注意をするようになった最初のきっかけは、かつて木村進一先生(http://beikokupat.com/blog/?p=437)の講義を受けたことでした。簡潔な文章を書くという文脈の話のなかで、「形容詞には気をつけろ」「できれば使うな」と仰っていた覚えがあります。そのときに使われた資料『簡潔な文章への提言』を今でも大切に持っています。関係のある部分をここに引用します。

<以下引用>

簡潔な文章への提言

講師 木村進一

提言その1ー修飾的言辞についてー

修飾語(句)は技術的範囲(権利範囲)に影響することがあるので、実に(ゲニ)おそろしきは修飾語である。その意味で修飾語は情報伝達の上で妨げになることが多い。修飾語は恣意的・主観的で情報の客観性を阻害するからである。明細書や契約書のような技術的・法律的な文書では修飾語は限定的に働くので特に注意が必要である。外山滋比古著「文章を書く心」(福武文庫)の「飾り」の章(57頁)から三つの例文を引用して修飾的言辞の問題点を考えてみたい。

例文(1)
A.白い
B.よりいっそう白い
C.もっとも白い

このうちどれがいちばん白いか。
著者は、いちばん白いのは、Aのただの「白い」である。BはいかにもAよりさらに白いように見えるが、そうとは限らない。Cの「もっとも白い」も薄汚く汚れている三枚の紙のうち「もっとも白い」のかもしれない。どこへ行っても100%「白い」といって通用するのはAである、と述べられている。これが事実の陳述(factual account)である。特許明細書では正にこれが要求されている。依頼人のご機嫌だけを伺うような文章ではこの原則が狂う。明細書では上記BやCの表現が多い。外国出願となるとそれがそのまま英訳されるので問題である。

例文(2)
「豊かな人間性とすぐれた個性をそなえたりっぱな職員になろうと新たな希望をもって、新しい職場へ移りました」(転勤に当たって知友に送ったあいさつ状の一部)
【改定文】「個性をもった職員になろうという希望をもって新しい職場へ移りました」。

例文(3)
「四月。目に映るものすべてが新鮮であった。学生にとっての一年は確かに四月からはじまるのだから、当然と言えばそれまでだが、あれほど夢見ていた世界の扉を自分で押しあけたという実感で、以前とは比べられないほどの輝きを放っていた」。
【改定文】
「四月。目に映るものすべてが新鮮であった。学生の一年は確かに四月からはじまるのだから、当然かもしれないが、夢に見ていた世界の扉を自分で押しあけたという実感があって、まわりがこれまでとは違った輝きを放っていた」

著者は、「以前とは比べられないほどの輝きを放っていた」の主語が不明であるとし、もし、「目に映るものすべて」が主語なら間に言葉が入り過ぎて結び付けるのは無理であり、主語なしの文になる、として改定文では「まわりが」という語が加えられた。
上記例文(1)に関連していうと、比較表現は英語でもしばしば問題になる。

例文
(1) The coated metal sheet is heated as long as all others are.
(2) I like this story as much as I liked all his others.

(1)にはlong、(2)にはmuchとあるが、比較する対象によっては額面通り受け取れない。longとあっても瞬間的かもしれないし、I like much …とmuchがあるから大好きかと思えば、嫌いという意味にもなる。比較的表現は法律・技術英語では避けるべきである。発明の長所(merits)は修飾的表現ではなく、事実をして語らしめるという態度が必要である。叙述(description)とはそういうことである。この点に関しStrunk and White (“The Elements of Style”)の次の言葉は特許実務者の肝に銘ずべき教えだろうと思う。

Vigorous writing is concise. A sentence should contain no unnecessary words, a paragraph no unnecessary sentences, for the same reason that a drawing should have no unnecessary lines and a machine no unnecessary parts. This requires not that the writer make all his sentences short, or that he avoid all detail and treat his subjects only in outline, but that every word tell.
(力強い文章は簡潔である。文章は不必要な言葉を含んではならない。パラグラフは不必要な文を含んではならない。それは丁度、絵に不必要な線や、機械に不必要な部品があってはならないのと同じである。このことは、全ての文章を短くせよとか、詳細を省いて要約だけでいいとかいうのではない。一つ一つの言葉に意味をもたせよ、ということである。)

「一つ一つの言葉に意味をもたせよ」とあるが、英語では一語一語が主張をもっている。言葉の選択・吟味が必要なゆえんである。

<引用終わり>

この講義で初めて、Strunk and Whiteの”make every word tell”という強烈なメッセージとその重要性を知りました(個人的には、スティーブン・R・コヴィー博士のの”Think Win-Win”、映画『ウォール街』でゴードン・ゲッコーが言い放った”Greed is good”と同じぐらい印象深い言葉です)。

木村先生の講義を受けたのは10年以上前ですが、当時配られた資料はほぼすべて保管しており、時々読み返しています。また、英文クレームを作っているとき、木村先生ならこれをどう表現されるだろうか、こんな風に書いたら木村先生に笑われるのではないだろうか、だからもっと推敲しよう、などと考えることがあります。

 

パーソナルトレーナーにつく

今月からジムを替え、パーソナルトレーナーとのマンツーマントレーニングを始めました。前のジムではほぼ自己流のトレーニングをしていて、ここ数年マンネリを感じていたため、新しいトレーニングを始めたいと思っていました。また、40歳を過ぎてもっと効率的なトレーニング方法を学び、量から質への転換を図りたかったというのもあります。

実際に始めてみて、私はトレーニングのことを本当に何も分かっていなかったと実感しています。まず、どんなトレーニングをするにしても、正しい骨盤の位置というものがあり、骨盤の位置が正しくなければ腕立て伏せやスクワットをいくらやっても効果がないか体を痛めてしまうということです。こんなことはこの歳になるまで聞いたことがありませんでした。今は、宿題として、骨盤を意識的に正しい位置にもっていく練習が課されていて、仕事の合間に鏡を見ながら練習しています(この姿はとても人には見せられません・・・)。

マンツーマントレーニングを始めて、何事も基本は大事だと改めて思いました。また、効率的なトレーニング方をすることによって、以前のように毎日ジムに通わなくてもよくなっており、時間の節約にもなっています。

『憲法で読むアメリカ史(全)』

憲法で読むアメリカ史(全)』(阿川尚之著)という本を薦められ、このところずっと仕事の合間に読んでいました。タイトル通り、アメリカ史を憲法との関係から概観できるようになっている本です。建国から二百数十年の間、アメリカでは様々な出来事(例えば、南北戦争、第1次2次世界大戦、公民権法制定、ウォーターゲート事件など)が起こり、それに関連して多くの訴訟が提起されています。そして、いくつかが連邦最高裁判所まで到達し、連邦最高裁で憲法解釈が行われ、その時々でどのような憲法解釈がなされたかが解説されています。また、解説を通して、なぜアメリカには州裁判所と連邦裁判所があるのか、両者はどのように役割分担しているのか、デュープロセスとは何か、議会の上院と下院はどう違うか、アファーマティブ・アクション(少数民族と優遇して採用や昇進を行うことによって結果の平等を人為的に実現する積極的差別是正策)が採用されるに至った経緯など、アメリカの司法、行政、立法の基本的な事項をおさえられるようになっています。

私がアメリカの知財法律事務所に勤めていたとき、所長がよくこんなことを言っていました。米国特許を本当の意味で理解するためには、特許法やMPEPを読むだけでは不十分だ。まず、アメリカ社会とその土台となっている合衆国憲法を理解しなければならないと。当時、一体どのようにすれば合衆国憲法を理解できるんだろうと思っていましたが、合衆国憲法理解への取っ掛かりとして良い本に出会ったと思っています。

よく使うフォントを既定のフォントにする

「MSWordで英数半角をデフォルトにする」(http://beikokupat.com/blog/?p=645)で説明した設定と同時に、私はMSWordでよく使うフォント(Times New Roman)を既定のフォントにしています。こうすることによって、MSWord文書で英文を書くときに、デフォルトで規定になっているフォント(通常はCentury)からよく使うTimes New Romanに変更する作業(一瞬ではありますが)をしなくてすみます。設定方法は次の通りです。

・「ホーム」タブの「フォント」ダイアログボックスをクリックし、「フォント」タブをクリックする
hometab

・「英数字用のフォント」をよく使うフォントにする(画像はTimes New Roman)
dialogbox1

・「サイズ」をよく使うサイズにする(画像は12ポイント)
dialogbox2

・「既定に設定」をクリックする
dialogbox3

・変更を適用する範囲を指定する(すべての文書に変更を適用したいので、「Normal .dotm テンプレートを使用したすべての文書」を選択する)
dialogbox4

・「OK」をクリックして、変更を適用する。
dialogbox5

MSWordで英数半角をデフォルトにする

私は仕事柄、Word文書を使うとき、ほとんどの場合、英語で文章を書きます。英語での文章を書きやすくするために、入力モードをデフォルトで英数半角に設定しています。つまり、Word文書を開けば、いきなり英数半角で文章を書けるようにしており、こうすることによって、全角から半角に変える作業をしなくてすみます。ちょっとした工夫ではありますが、英語を書くつもりで文字を入力したら全角で入力されてしまいストレスを感じる、ということがないので、私はこの設定を非常に便利に感じています。具体的な設定方法(Word2010~)は以下の通りです。

・Wordのファイルメニューから「オプション」を選択する
・Wordのオプションのダイアログボックスを表示させる
・ダイアログボックスの「言語」をクリックする
・「編集言語」の選択のところで英語(米国)をクリックして規定に設定する
・「OK」をクリックする
・再起動する

「オプション」を選択
option

「言語」をクリック
wordoption

英語(米国)を規定に設定する
gengo

同時を表すas

asには数種類の意味があり、意図した意味と違う意味にとられることを避けるために、私はasを極力使わないようにしています。が、『表現のための実践ロイヤル英文法』にasとwhenの違いについての興味深い説明がありましたので、メモ代わりにここに引用します。asがもつ以下のニュアンスを出すことが絶対に必要なときは、asの使用を考えてもいいかもしれません。

(3)as
「~しながら」、「~するとき」など、同時を表すにはasを用いる。

Everyone stood up as the judge entered the courtroom.
(裁判官が入廷するときだれもが立ち上がった)

●同じ「~するとき」でも、whenよりもasのほうが、「~する」ことが行われている間に、という感じが強い。したがって、逆に上の文のasをwhenにすると、入廷することが一瞬にして終わってしまったという感じになる。
◆裁判官が入廷するときに全員が起立するのは、裁きをする者の地位に対する敬意の印で、その精神は古くは旧約聖書の詩篇50に求められるという。

She sang as she walked down the hall.
(廊下を歩きながら彼女は歌を歌っていた)

As he was eating, he recalled what his father had said.
(食事をしながら、彼は父が言ったことを思い出した)

As a child he often read comic books.
(子供のころ、彼は漫画の本をよく読んでいた)
●これはWhen he was a child, … .と同じ意味である。As he was a child, … .と言うと、「こどもだったので」の意味になる。

pp. 237-238

私は、asの誤用は、「~として」の意味で使われるときにいちばんよく見られると思っています。これについては、『米国出願用特許翻訳・重要ポイント解説』(http://beikokupat.com/email_seminar/)の第13回目『「として」をasにすると誤訳になることがある』で書きました。

“Amelia” 2017年2月号

翻訳業界誌“Amelia”の2017年2月号において、当社が紹介されています。
http://www.amelia.ne.jp/user/info/history/backnumber_top.jsp
『会社訪問記』という見開き2ページの記事で、“Amelia”編集者の方々が去年取材に来て下さいました。会員専用の記事で転載不可のため、残念ながらこのブログに載せることができませんが、当社がどんな会社かについて1時間30分にわたって私が話し、それを編集者の方々がうまく記事にまとめて下さっています。

税理士事務所との付き合いについて

私の会社では、経理関係の業務を税理士事務所に委託しています。これまでに、2つの税理士事務所とお付き合いしてきました。1つ目の税理士事務所には創業から3期目までお世話になり、その後事情があって2つ目の税理士事務所に委託先を変え、今に至っています。1つ目と2つ目の税理士事務所は、顧客(私)への対応の仕方がまったく異なり、2つ目の税理士事務所の方が自分自身の成長のためには良いと私は思っています。

1つ目の税理士事務所は、私が素人社長であったためか、登記の仕方や弥生会計の使い方など、社長業務の初歩の初歩から丁寧に教えてくれました。また、親身になって相談にものってもらいました。私の話に熱心に耳を傾け、頻繁に頷いたりメモをとったりしてくれたので、話をしていて心地よかったです。あるいは、私が仕事で何か工夫を思いついたり、誰か新しい人に会ったと言えば、「いいですね」「すごいですね」といった肯定の言葉をかけてくれました。たとえ私のやったことが会社の売上げに結びつかなかったとしても、頑張り自体を評価してくれるような事務所だったと思います。今思えば、カウンセリングを受けているような心境で、話を聞いてもらえるだけで嬉しく、月1回の打ち合わせが楽しみでした。

それに対して2つ目の税理士事務所は、非常にドライです。この事務所が重視するのは数字、つまり売上げです。業務上の話はもちろん聞いてはくれます。しかし、もともと特許翻訳というマニアックな仕事の話なので共感し難いのかも知れませんが、私のやったことが売上げにどうつながったかという話にもっていかないと、オチのない話を聞いたあとのような、何かどんよりとした空気になります。口には出さなくても、相手が「それで?」と思っているのが伝わってきます。この事務所のこういう性格に当初は戸惑いましたが、今では、こういう対応をしてくれた方が自分自身の成長のためには良いと思っています。どんなに自慢話や苦労話を語っても、数字がすべてを物語っているということです。また、会社をやっていく人間としては、褒められたから頑張るというのではダメでしょう。褒められなくても頑張る、批判されても頑張る(むしろもっと頑張る)、でないと。今は、売上げという結果が伴った話だけを事務所とするようにしています。

もっとも、これは、私が会社をやっていく上でこういう突き放した対応をしてくれた方がいいと思っているのであって、私が人に対してこういう態度をとりたいと言っているのではありません。特に、スタッフに対しては、1つ目と2つ目の税理士事務所の対応を合わせたような、硬軟おり交ぜた対応が必要かと思います。つまり、数字という現実も説明しつつ、頑張り自体も評価すべきなのだと思います。

DC滞在最終日

ワシントンDC滞在の最終日は、午前中に米国最高裁判所の口頭弁論を傍聴しました。Lynch v. Dimayaという移民法に関係する事件で、知財とは関係のない事件でしたが、米国最高裁判所の口頭弁論を生で見れるという貴重な経験となりました。傍聴には整理券が必要で、整理券をもらうために朝早くから最高裁判所の前に並びます。私は、アテンドして下さった特許弁護士の方と一緒に朝6時頃から並びました。整理券を受け取ると、厳重な荷物チェックを受けて裁判所内に入り、口頭弁論の開始時間まで裁判所内で待ちます。私たちは裁判所内のカフェテリアで朝食を取りながら待ちました(最高裁判所内にカフェテリアがあるとは驚きでした!)。法廷に入り、最高裁判事8人(本来は9人だが現在は1人欠員している)が登壇すると口頭弁論が始まります。当事者双方の弁護団がそれぞれ30分ずつ意見を述べ、その間判事から頻繁に質問を受けて回答するという形で進行しました。時折、笑いが起きる場面がありましたが、正直、私にはなぜ皆が笑っているのか聞き取れませんでした。自分のヒアリング力のなさを再確認しましたが、最高裁判所のHPでは口頭弁論の内容がスクリプトと音声で公開されており、後で復習したり、法廷に行かなくても内容を確認できるようになっています。

米国最高裁判所HP:
https://www.supremecourt.gov/

午後は、キャピトル・ヒル近くにある特許弁護士の事務所に行き、米国用特許クレーム作成の留意点などについて話し合いました。今回のワシントンDC滞在で、ここで話し合ったことが一番大きな収穫でした。私は、翻訳という商売柄、英文法や形式といった、特許においては比較的重要度の低い事柄にこだわり過ぎるきらいがあると思っています。今後は、全体最適(http://beikokupat.com/blog/?p=526)のために特許法や判例をもっと深く研究していく必要があることを再認識しました。

今回のワシントンDC滞在で強く印象に残ったことがあります。それは、現地の日本人特許弁護士は皆たくましいということです。猛勉強の末にロースクールを出て弁護士資格を取り、専門知識と英語を操って米国社会をたくましく生きているように私に映りました。苦労も多いでしょうが、それからくる悲壮感のようなものはないか表に出さず、フレンドリーな方が多いように思いました。また、アテンドして下さった特許弁護士が家族を非常に大切にしておられるのも印象に残りました。家族を大切にしつつ一流の仕事をする、ということを目指そうと改めて決心した旅でもありました。

米国最高裁判所

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キャピトルヒル

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途中で立ち寄ったジョージタウン大学ローセンター

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服部健一弁護士の母校ジョージ・メイソン大学ロースクール(現在はスカーリア・ロースクール)

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服部健一弁護士との会食

ワシントンDC近郊にある日本食レストランにて、Westerman Hattori Daniels & Adrian, LLPの服部健一先生と夕食をご一緒しました。服部先生のことは、私が日本の特許事務所に勤めていた10年以上前から存じ上げていましたが、お会いするのは今回が初めてです。和食とお酒をいただきながら、米国特許の話や、法律事務所を運営する立場からの意見、非常にプライベートな話など、普段は絶対に聞くことができないような貴重なお話をしていただき、時間があっという間に過ぎていきました。

また、服部先生の著書『日米特許戦争の狭間で―米国特許弁護士・パートナーへの3000日』と『新米国特許法 増補版』にサインをしてプレゼントして下さいました。私は服部先生にお会いする前にこの2冊を既に読んでいましたが、サイン本が欲しかったので喜んで受け取りました。『日米特許戦争の狭間で』を読むまでは、私は服部先生が非常にスマートな生き方をして米国法律事務所(ザ・ファーム)のパートナーに登り詰められたと思っていました。しかし実際は、今の地位を築くまでに様々な苦労を経験されており、『日米特許戦争の狭間で』では様々な苦労が非常にリアルに、時にユーモアをもって描かれています。

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