特許翻訳者のあるべき姿

私は、折にふれて木村進一先生のブログ記事を読むことにしています。先日改めて読んだ記事『育たない特許翻訳者、育てない特許事務所-翻訳とは意訳なり─』は、特許翻訳者の本来あるべき姿が描かれており、当社もこのような姿を目指そうと決意を新たにしました。

英語力に加えて、日本法の知識、外国法制や現地の実務の知識、たとえば、FestoやKSR、さらにEPCにおける各種審決例の法理などを三位一体的に総動員して翻訳に当っている特許実務家が果たして何人いるでしょうか。

翻訳とはそもそも意訳なのであり、「意訳が悪いのではなく、悪い意訳があるとすれば、英語力不足、思考力不足、教養不足の酸欠ならぬ“三欠”の結果です」という指摘は、心にズキンときます。“三欠”の状態で行われた意訳が一番たちが悪いことは、私もこれまで多くの翻訳を見てきて感じてきたことですが、これは程度の差の問題であって、木村先生に言わせると、当社の翻訳もまだまだ“三欠”なのかも知れません。記事で言及されているロボット(つまりAI)との差別化のためにも、当社は上記特許実務家のような姿を目指していきます。この記事を読んで、木村先生にまた叱咤激励された気分になりました。

ちなみに、記事では、記載不備で拒絶された稚拙な翻訳を木村先生が書き直されていますが、改訂文の[0002]において、“One of them is to devise such a program as to guard against unauthorized use”という文章があります。この“one … is to 動詞”という表現は、冒頭に“is”という結論がきていて非常に読みやすい上、改訂文で行われている「短文」化のためのツールとしてかなり応用の効く便利な表現です。実際、私が米国特許法律事務所に勤めていたとき、米国弁護士がこの表現を使っているのを頻繁に目にしました。例えば、鑑定書(クライアントの発明と先行技術とを比較したもの)において、“one possible approach to circumvent the prior art is to …”(当該先行技術を避ける方法の一つとして、・・・することが考えられます)といった具合に。また、“to 動詞”の部分をthat節にすることもでき、更に応用の効く表現になります。例えば、“a possible explanation is that …”(その理由の一つとしては、・・・であることが考えられる)など数限りない表現を作ることができます。

特許英語の大家、木村進一先生

http://skimura21.exblog.jp/7705600/

育たない特許翻訳者、育てない特許事務所-翻訳とは意訳なり─

Alice判決や英語表現などについて

米国用の英文明細書に関する興味深い記事を読みました。“Changes in Patent Language to Ensure Eligibility Under Alice”という記事で、米国最高裁のAlice判決以降、独立クレームの文字数が顕著に増加しているという内容です。Alice判決以降、独立クレームをそれまでより詳細に書き、また明細書本文(Description)において効果(benefit statements)もより詳細に書く傾向が強まったということです。しかも、独立クレームでは、単に似たような表現を繰り返して文字数を増やしているのではなく、表現の1つ1つが意味のある限定になっている、と記事では分析しています。こういった傾向を知っておくことも、特許翻訳者にとって無駄ではないと思っています。こういう知識の積み重ねが、適切な判断の手助けとなり、いい翻訳へと繋がっていくのでしょう。

http://www.ipwatchdog.com/2017/12/06/changes-patent-language-ensure-eligibility-alice/id=90721/

Changes in Patent Language to Ensure Eligibility Under Alice

 

ちなみに、この記事で、特許翻訳者にとって非常に参考になりそうな次の英語表現を見つけました。

In other words, a repeated word would only count a single time in our analysis.

「同じワードは1ワードとしてカウントする」というような意味だと思いますが、“a repeated … count a single time”は特許翻訳で非常に応用が効きそうな表現です。この文章は、直前の文章の最後“by unique word count”を言い換えたものになっていますが、上記文章を“unique word count”の3ワードで表現できるというのも非常に勉強になりました。

Alice判決とは、『Federal Circuitで最も多く引用された判例』でも書いたeligibility(特許主題適格性)に関する判決で、本来特許を受けることのできない(ineligibleな)抽象概念などをコンピュータなどの特定の技術環境で実現しても、ineligibleであることに変わりはない、と米国最高裁が判断したものです。Alice判決はビジネス方法に関するeligibility判決で、病気の治療方法に関するeligibility判決であるMayo判決(101条(eligibility)の判断には102条(novelty)の判断が必要なときがあるとした判決)とともに、Mayo/Aliceテスト(2014 Interim Eligibility Guidance Quick Reference Sheet)というeligibilityの判断基準が確立され、この2つの判決はeligibilityに関して現在最も影響力のある判例とされています。その影響力は、クレームを打ち込むことによってAIによるeligibility予想が受けられるサイト(“Automated Analysis of 101 Eligibility”)が出現したことからも分かります。

Federal Circuitで最も多く引用された判例

http://alice.cebollita.org:8000/predict

Ask Alice!

年末年始の楽しみ

新年明けましておめでとうございます。本年もこのブログを暇なときにご覧いただけたら幸いです。

年末年始を香港で過ごしています。大晦日に香港入りし、ヴィクトリアハーバー沿いで行われた新年カウントダウンと花火を楽しみました。これ以外は、今年はこれといった観光はせず、元日にホテルの部屋でサッカー天皇杯の決勝を観て、あとはほとんどの時間Kindleを片手にホテルのプールで過ごしました。これが毎年のささやかな楽しみになってきています。普段、好きな仕事をしているので、特にリフレッシュの必要はないと思っていましたが、香港のような日本とは全く異なる環境に身をおくと、普段はない刺激があり面白いです。ただ、こうして香港で過ごしているあいだも、良くも悪くも、どうしても仕事のことを考えてしまいます。特に今年は仕事上で楽しみなことがいくつかあり、アクティブな一年になります。今は帰国して再び動き出すのが楽しみです。

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今年も大きな出会い

「安藤忠雄展―挑戦―」の特設売り場で買った本『安藤忠雄 仕事をつくる』を、今週ずっと仕事の合間に読んでいました。安藤氏のシンプルで美しい建築の裏には、泥臭い作業と地道な交渉事があることを改めて知り、なぜか元気づけられました。また、安藤氏の作品は、決して彼一人の力や才能でできたものではなく、チームとしての多くの人の助けがなければ成し得なかったことも改めて知りました。今後、会社をもっと強いチームに育てたいと思っている私にとって、良い本との出会いでした。

チームといえば、毎回欠かさず観た今年の大河ドラマ『おんな城主 直虎』は、井伊家という弱小チームが戦国時代を生き延びていく様子が描かれ、零細企業を運営している者としては、領主・井伊直虎にシンパシーを感じずにはいられませんでした。小さなチームをうまく続けていくための一つのキーポイントは、人を大切にするということのようです。

人を大切にするといえば、今年も幸いにして、仕事上の良い出会いがいくつかありました。なかには、「新たな出会いは残念な結果になることも往々にしてあるのですが、今年は大島さんにお会いできて本当に良かったと思っています。」と言ってくださった方もいました。『大きな出会い』でも書いたように、こういう出会いを大切にすることが当社のような弱小チームにとって重要なことはもちろん、損得抜きに、こういった方を大切にしていきたいと心底思っています。家族以外で大切にしたいと思える人ができたことは、会社を始めて本当に良かったと思えることの1つです。

建築英文記事は構造表現の勉強になる

大きな出会い

 

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Federal Circuitで最も多く引用された判例

Patently-Oに掲載された“Most Cited Federal Circuit Decisions 2014-2017”という記事に、2014年から2017年の間にFederal Circuit(米国連邦巡回区控訴裁判所)で最も多く引用された12の判例が載っていました。

https://patentlyo.com/patent/2017/10/cited-federal-circuit-decisions.html

Most Cited Federal Circuit Decisions 2014-2017

ここに書いてあるように、12の判例のうち、実に8もの判例がeligibilityに関する判例だったということです。eligibilityとは、米国特許法第101条の特許主題適格性のことを指し、101条に挙げられている4つのカテゴリー(process, machine, manufacture, composition of matter)に当てはまる発明のみが特許を取得することができるというものです。

35 U.S. Code §101 – Inventions patentable
Whoever invents or discovers any new and useful process, machine, manufacture, or composition of matter, or any new and useful improvement thereof, may obtain a patent therefor, subject to the conditions and requirements of this title.
新規かつ有用なプロセス、機械、製造物若しくは組成物、又はそれらについての新規かつ有用な改良を発明又は発見した者は、本特許法の定める条件及び要件に従って、それらについて特許を取得することができる。(『新米国特許法 増補版』より)

eligibilityに関する判例がFederal Circuitで頻繁に引用されたということは、一度特許になった発明が、そもそも特許を取得できるカテゴリーの発明であったのか?ということが、Federal Circuitで頻繁に争点になったということを示していると思います。こういう現実は、普段、出願用の翻訳ばかりを行っている翻訳者にはなかなか気づきにくいところかも知れません。また、eligibilityは、翻訳者の力量で解決できる問題ではないと言えるため、翻訳者はただ翻訳しろといわれたものをそのまま翻訳するしかない、という考え方もあります(この考え方が大多数です)。ただ、翻訳者は、英文明細書という内部証拠(intrinsic evidence)を作るという非常に重要な役割を果たす人々です。自分が翻訳者として関わる発明が、将来どのような問題に直面する可能性があるかについて知っておくことは重要だと思っています。

建築英文記事は構造表現の勉強になる

六本木の国立新美術館で開催されている「安藤忠雄展―挑戦―」に行ってきました。

安藤忠雄展 ―挑戦―

安藤忠雄展 ―挑戦―

建築家・安藤忠雄氏がこれまでに手掛けた国内外の建築を模型や写真、映像などで紹介する大規模な展覧会です。私は、展示物のなかでどうしても見たいものがあったので、今回の展覧会に行くのをずっとを楽しみにしていました。見たかったのは、「光の教会」という安藤氏の代表作の一つを、本物と同じ材料(コンクリート)を使って、しかも原寸大で再現したものです。コンクリートの壁に十字架型の切り込みが入っていて、これにより外から差す光が十字架型になるという素敵すぎる建物で、本物は大阪・茨木市にあります。本物は、建主の意向で十字架の中にガラスが張ってありますが、設計当初の案では、十字架から外の光とともに空気も入ってくるように、ガラス等はなく、内と外の仕切りがない状態になっていたそうです。再現された「光の教会」は、設計案通りの、ガラスのないものになっていました。いい建物を見ることができ、中に入ることもできて、建築好きとしては気分が上がりました。

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私は建築が好きで、建築に関する英文記事をよく読みます。以前書いた『ファッション記事は構造表現の勉強になる』と同様、建築記事は構造表現の宝庫で、英文特許明細書において参考になりそうな表現に出会うことが頻繁にあります。私がよくチェックしているのは、ArchitectureWeekという建築サイトです。世界中にある現代建築物が写真とともに解説されています。記事の長さがちょうどよく、仕事の合間の息抜きなどにもってこいの長さだと思います。あと、建築がテーマの小説としておすすめなのが、Ayn Randという作家の「the Fountainhead」で、『こんな面白い小説がある!』で紹介しています。

ArchitectureWeek

ArchitectureWeek

ファッション記事は構造表現の勉強になる

こんな面白い小説がある!

科学論文の英語用法百科 第2編: 冠詞用法

年末の恒例として、『表現のための実践ロイヤル英文法』を毎年読み返すことにしていますが、今年はグレン・パケット著『科学論文の英語用法百科 第2編: 冠詞用法』を読んで冠詞を体系的に学び直しています。1年以上前に発売された際に一通り読んだのですが、もう一度読み直したいと思っていました。冠詞に特化した本としては、翻訳者のあいだでは『技術英語の冠詞活用入門』が非常に有名です。私もそうでしたが、”A cat’s dead”と”The cat’s dead”の解説で冠詞の真髄を理解した人も多いと思います(子供が母親に”The cat’s dead”と言ったら、”A cat’s dead”と言いなさいと正された)。『科学論文の英語用法百科 第2編: 冠詞用法』は、『技術英語の冠詞活用入門』の内容をより深く、よりアカデミックなアプローチで解説しています。例文も豊富で、なかでも誤用例と添削例があるのがパケットシリーズのいいところだと思います。用語もアカデミックになっていて、例えば、私が普段好んで使っている「特定感」が「同定性」となっています。自分が稚拙な言葉を使っているような気分になり少し恥ずかしくなりました。パケットシリーズは難解すぎて途中で読むのをやめたということをよく聞きますが、私は、日本人がおかしやすい英文ミスについて他に類を見ないほど詳細に解説してあるという点で、パケットシリーズは素晴らしい本だと思っています。

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ジェームズ・バーロー著『特許出願における英語翻訳文をより良いものにするために』

JamesBarlow

日英特許翻訳の重要ポイントが
簡潔にまとめられた秀逸な記事をご紹介します。

ご紹介するのは、
日本弁理士会が発行している「パテント」誌にかつて掲載された
『特許出願における英語翻訳文をより良いものにするために』
という記事です。

著者であり米国特許弁護士である
ジェームズ・バーロー氏は、
米国特許庁の元審査官で、
日本で約3年にわたり特許出願の英語翻訳文を校正したご経験があります。

この経験を通して氏が気づいた英語翻訳文の問題点と
その解決案が示されているのが上記記事です。

例えば、次のようなポイントが例文とともに解説されています。

・文は短く書く
・簡潔に書く
・能動態で書く
・「that」と「which」を正しく使う

20年近く前の記事(「パテント」誌1998年4月号)ですが、
その内容の素晴らしさは今も変わることはなく、
特許翻訳者や特許実務家のための
一級品のテキストだと個人的に思っています。

しかし、掲載から20年近くが経ち、
記事の入手が難しくなっていました。

そこで、この度、関係各所の承諾を得て、
記事を当社のホームページに掲載し、
誰でも簡単にアクセスできるようにしました。

特許出願における英語翻訳文をより良いものにするために

原文である英文と日本語訳の両方を
閲覧できるようになっています。

今回、記事を当社のホームページに掲載できたことで、
誰でも好きなだけ読むことができるようになりました。

20年近く前に書かれたものとは思えないほど、
ここで提起されている問題は今でも現実の問題として
感じられるのではないでしょうか。

今回の取り組みが皆さまのお役に立てば幸いです。

100%誤解のない文章を書くのは難しい

ネット上で見つけたある記事を読み、特許翻訳者として非常に考えさせられました。”25+ People Who Take Instructions Too Literally”(https://goo.gl/1N7zGB)という記事で、書いてある英語の指示が、意図した意味とは違う意味にとられた例がいくつか紹介されています。これらの例はどれも笑えるのですが、同時に、人に誤解を与えない文章を書くのは本当に難しいということを教えてくれます。例えば、次の写真の例では、pumpkin, log, river, fox, pondをアルファベット順に並べなさいという指示が書いてあります(appleに×印が付いているのは、appleが一番目にくることが示唆されていると思われます)。

alphabetical

この指示に従うと、fox, log, pond, pumpkin, riverという順番に並べるのが正解と思われますが、回答欄には、1つ1つの単語を構成するアルファベットをアルファベット順に並べ直したものが記入されています。小学生による回答のようで、大人の世界ではあり得ない回答かも知れませんが、指示「Write the following words in alphabetical order」が100%誤解のない文章ではないことがこの小学生によって証明されています。この指示をより誤解が少なくなるように修正するとしたら、WriteをPut, Place, Sort, Listなどに置き換えるといいかも知れませんが、それでもなお、写真のような対応をする小学生が出てくることも否定できません。

次の例は、ドレッシングのカバーのタブに書いてある指示「OPEN ON OTHER SIDE」に対して、わざわざナイフを取り出してきて底の部分を切り開いており、明らかにウケ狙いと思われますが、指示「OPEN ON OTHER SIDE」は下側の写真のように対応できなくもないということを示しています。そういう意味では、これも上の例と同じく考えさせられるものです。そもそも、なぜこんな指示が書いてあるのか気になります。指示が書いてあるタブの反対側にタブを設けて「OPEN ON THIS SIDE」と書くのではダメなんでしょうか。。。

otherside

米国特許庁では、Broadest Reasonable Interpretation (BRI)という方針のもとでクレームが審査されます。BRIは、クレームはリーズナブルな範囲で広く解釈されるという意味で、広く解釈される分、先行技術とバッティングする部分が大きくなり、それだけ審査に通りにくいということを示しています。上の2つの写真もBRIの例だと思います。

次の例では、指示のitを明確にすれば犬の悲劇は確実に避けられると思います。

dog

当社にしかできないことをやる

先日、会社の第6期決算が終わりました。決算書は会社の1年間の通知表のようなものだと思いますが、新しい決算書を見る度にいちばん感じることは、ずっと仕事を依頼し続けてくれているクライアントへの感謝です。世の中には、優秀な翻訳者はたくさんいると思います。実際、私が過去に行った特許翻訳セミナーの受講者のなかにも、非常に上手い特許翻訳をする人が何人もいました。当社は特許翻訳がもっともっと上手くなりたいと思い日々研究していますが、それは他の会社も同じだと思います。そういったなかで、当社を選んで依頼してくれるクライアントには感謝しかありません。

正直に言って、現在のクライアントから当社のどこが評価されているのかははっきりとは分かりません。ただ、これまで、当社にしかできないことをやりたいと思いながら活動してきました。特許翻訳のサービスを行う会社が世の中に既に氾濫していたなかで創業した当社にとって、他との差別化こそが生きる道だと思ったからです。これからは、この差別化をもっと進めていくとともに、当社を支えてくれる「米国特許翻訳者」の育成にこれまで以上に力を入れていこうと思っています。