3D印刷の現在、将来、そして英語

3dprinting

3D印刷について調べようと思い、“3D PRINTING”(Christopher Barnatt著)という本を読んでみました。3D印刷は、私が学生のときには既に知られており、いずれあらゆるものをプリンタで作れる時代が来ると言われていました。当時は、プリンタから固形物が出てくるというような光景はとても想像できませんでしたが、“3D PRINTING”によると、それが現実になりつつあり、例えば、おもちゃ、金属製品、(半)木製製品、臓器(!)、食品(!)、家(!)といった、本当に「あらゆるもの」が3D印刷で作られ、実用化されようとしています。3D印刷というと、製品の原型を作るためのもの、あるいは製品を作る金型を作るためのもの、といった比較的構造の簡単なものしか作れないというイメージを持っていましたが、現在は、3Dプリンタの多様化と精度向上によって上記例のような最終製品そのものを作るのが主流になりつつあるそうです。

また、現在は産業用の比較的高額な3Dプリンタがマーケットの中心になっていますが、数年後には、$99(日本でいう9,800円)の個人用3Dプリンタがマーケットを席巻し、消費者は自分が欲しいものがあればそれを買うのではなく、スマホアプリを操作して3Dプリンタで作るようになるときがくるのもそう遠くはないだろうと著者は予測しています。これを読んで、非常に楽しみになったのと同時に、3Dプリンタの普及によって仕事を奪われる人も確実に出てくるに違いないと心配にもなりました。もう一つ気になったのは、最新鋭の3Dプリンタを製造しているのは世界中のベンチャー企業が多く、本書で紹介されている企業のなかに日本の企業がほとんど含まれていなかったことです。

3D PRINTING”は、このように3D印刷の現在と将来、そして技術内容を概観できるようになっています。また、洋書のため、3D印刷関連の英語の勉強にもなります。例えば、3D印刷(3D printing)は別名で“Additive Layer Manufacturing”と呼ばれており、additiveが3D印刷のキーワードになっているようです。これは、従来のものづくりが原材料を切削などによって量を減らすことで最終製品を作る、いわゆる引き算(subtractive)のものづくりなのに対して、3D印刷は、薄い層状の原材料を何層にも重ねていくことでゼロから最終製品を作る、いわゆる足し算(additive)のものづくりであることからきていると解説されています。その他にも、“3D print”という表現は、「~を3D印刷する」という他動詞としても、「3D印刷する」という自動詞としても使用されていることが分かりました。また、3D印刷で使われる原材料を表す“build material”、出来上がった製品を表す“printout”、3Dプリンタで製造できる最大サイズを表す“build volume”など、仕事でいつか使えそうな英語表現にアンダーラインと付箋をしておきました。

また、昨年開催したセミナーで話したことですが、下記のように“with”を効果的に使うことによって非常に英語らしい(理解されやすい)説明にすることができます。

To 3D print in colour, binder jetting sprays coloured inks as well as a binder solution onto each layer of powder. The technology is exactly the same as that used in traditional, 2D photo printers, with cyan, magenta, yellow and black inks applied in an appropriate combination. (p. 73)

ここでは、従来の2Dプリンタが行うカラー印刷の方法を“with”以下で説明しています。つまり、the technology used in traditional, 2D photo printersを“with”以下で言い換えており、“the technology used in traditional, 2D photo printers”=「“with”以下」となっています。このような「同格」の関係がある場合、必ず“with”の前に同格を表すコンマ「,」が必要です。

“with”については、『米国出願用特許翻訳・重要ポイント解説』(http://beikokupat.com/email_seminar/)でも解説しています。

私が会社でやっていること

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先日、このブログを読んでくださっている方から、私は普段翻訳をしているのかと聞かれました。翻訳会社によっては、代表は会社のマネジメントのみを行い、翻訳はしないというところもあるため、このような質問をされたのだと思います。私の場合は、毎日3〜4時間ほど翻訳をしています。残りの時間は、他の翻訳者が翻訳した特許クレームを米国式に書き換える作業や、マンツーマンで行っている翻訳講座の受講者への指導、経理などの事務作業をしています。給与体系は他の翻訳者と同じで、行った翻訳の量に応じた給料を会社からもらっています。社長だけ高い給料を取ったり、個室を持ったり、掃除当番に含まれていないといった偉そうなことは嫌いで、あくまでも一翻訳者としての待遇にしてできる限りフェアにいきたいと思っています。

赤坂スペイン坂の桜

4月です。当社は新卒社員もおらず、また決算月も9月ということもあり、4月に特に思い入れのない活動をしていますが、近所に桜の名所がある今のオフィスに引っ越してきてからは、桜を至近距離で見ることができる機会が増え、4月が楽しみになっています。赤坂にあるスペイン大使館の前にスペイン坂と呼ばれる坂があり、この坂沿いの桜が満開になりつつあります。

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「知財英語情報」の記事について

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現在、当社ホームページの「知財英語情報」を全面的に見直す作業をしており、その関係で記事の大半が閲覧できない状態になっています。「知財英語情報」を始めてから3年以上が経ち、様々な方に読んでいただけるようになりました。一方で、情報量が増えすぎて目的の記事になかなかたどり着かないといった声もいただくようになり、一度すべての記事を見直して再構築しなければいけないと話し合っていました。より読みやすい「知財英語情報」にすべく現在見直し作業を続けています。まだまだ時間がかかると思いますが、ご理解いただければ幸いです。

ハーバード・ロースクールのソクラティック・メソッドが見れる映画『ペーパーチェイス』

丸田隆著『現代アメリカ法入門 アメリカ法の考え方』(http://beikokupat.com/blog/?p=703)に、何とも興味をそそられる映画が紹介されていました。「毎年の恒例行事のようにキャンパスで上映され、新入生は、新しく始まるロースクールの授業に何ともいえない不安を抱く」(p. 18)。ハーバード・ロースクールを描いた映画『ペーパーチェイス』がそれで、早速DVDを注文して観てみました。

この映画でいちばん印象に残ったのは、キングスフィールドという強烈なキャラクターをもった教授で、実際、この映画はキングスフィールド教授と彼が行うソクラティック・メソッドで非常に有名とのことです(ソクラティック・メソッド:「教員は、事案(case)について批判的な思索を刺激する一連の質問を学生に矢継ぎ早に発して、多様な争点について自分の考えを瞬時に組み立て、同時に返答することを学生に求める」『現代アメリカ法入門』p. 18)。キングスフィールド教授が学生を指名し、ブリティッシュ・アクセントで次々と質問を投げかけていくシーンが映画の多くを占めます。すごく面白いので是非観てくださいとは決して言えませんが、ハーバード・ロースクールの壮絶な授業と試験の様子を見てみたい人にはオススメです。

ハーバード・ロースクールの関連でいうと、『推定無罪』の著者Scott Turowがハーバード・ロースクールで過ごした1年間を描いた『One L: The Turbulent True Story of a First Year at Harvard Law School』というノンフィクション作品があります。

また、学生がロースクールで格闘する様子を生々しく描いた作品としては、服部健一先生の『日米特許戦争の狭間で―米国特許弁護士・パートナーへの3000日』は上記作品群に負けていないと思います。

茶道から学んだこと

昨日、所用があり京都に日帰りで行ってきました。以前京都で、長い間裏千家の先生について茶道を習っていました。今は稽古を休止していますが、今でも京都を訪れた際はできるだけ先生のところに挨拶に立ち寄るようにしており、昨日もそうしました。挨拶に行くとほぼ必ずお茶(もちろん抹茶)を飲んで行けと言われ、昨日も先生が点ててくれたお茶をいただいてから帰りました。

最後に稽古をしてから数年経ち、ほとんどの所作を忘れてしまったので、今では薄茶を点てるぐらいしかできませんが、常々お茶をやりながら感じていたことがあります。それは、お茶の所作は無駄な動きがないという点で、無駄なことを書かないという英文ライティングの精神に似ているということです。これはひょっとしたら私の思い込みで間違ったお茶の楽しみ方だったかも知れませんが、私はいかに最短距離で道具を動かすかということに楽しみを見出していました。これと同じで、英文ライティングにおいては伝えたいことを最小限の語数によって最短距離で伝えることが美しいと思っています。もちろん、伝えるべきことはしっかりと伝わるようにしなければいけませんが。これに関して、「ミニスカート理論」というものがあるそうです。ひんしゅくを買いそうな考え方かも知れませんが、次のように、良い英文ライティングはミニスカートのようでなければならないというものです。 “Good writing should be like a skirt: Long enough to cover subject, but short enough to stay interesting.” “they should be long enough to cover what needs to be covered and short enough to be interesting.”

茶道の先生との交流を通して学んだことがあります。それは、熟練の茶人はテクニックを超越した凄さや美しさがあるということです。お点前が非常に上手い人や流れるような美しい所作をする人は周りにたくさんいましたが、こういう人たちとは明らかに一線を画した凄い人たちがいます。私の先生はまさにそうです。どう凄いのかはうまく説明できませんが、気負ったところがないというか、角がないというか、私のように上手く見せよう、美しく見せようといった邪念がないにもかかわらず、凄みや美しさが伝わってきます。もちろんテクニックや理論、歴史などを自分なりに消化した上での姿だと思いますが、体現しているものが明らかに他の人とは違い、これは一体何なのだろうとずっと疑問に思ってきました。

これと似たことを仕事でも感じたことがあります。アメリカの知財法律事務所にいたとき、オフィスアクションへのレスポンスをスタッフが書いたものをよくチェックしていました。ある血気盛んな若手スタッフが書いたレスポンスは、反論の材料が満載で、それらがガチガチに理論立てて組み立てられていました。読んでいて圧倒されるような勢いがあり、まるで「どうだ、私は凄いだろう」と言っているかのようでした。これをたまに上司の弁護士が書き直すことがあり、書き直したものを見ると、ほとんどの場合、量が半分以下になっていました。内容もほとんど書き直され、「論じるな、事実を書け」が徹底された内容になっており、これが権利化への最短距離だと言わんばかりの、美しさすら感じるものでした。私自身、レスポンスを「上手く」書こうとしていたように思います。そうではなく、「効果的に」書くというのが大事で、そのためにあえて「書かない」こともあるという「引きの美学」のようなものを学びました。

同様のことが特許翻訳にも言えると思います。これまで「上手い」と言われる特許翻訳をいくつか見てきましたが、文面から、翻訳者が自分の上手さを誇示しているような印象を受けることがあります。あるいは言葉と戯れているという言い方もできるかも知れません。これが出願人の利益となっているかどうかはまた別問題であることは『特許翻訳における部分最適と全体最適の両立』(http://beikokupat.com/blog/?p=526)に書いた通りです。私も含め、世の中の特許翻訳者はまだまだ「青い」人が多い気がします。会社を始めてから、上記偉人たちから感じるような凄さをもった翻訳者に会ったことがありません。青い仕事人から抜け出すためにどうすればいいか、私自身ずっと考えています。

コッポラ監督『レインメーカー』

先日ご紹介した『現代アメリカ法入門 アメリカ法の考え方』(http://beikokupat.com/blog/?p=703)には、法律にまつわる映画がいくつか紹介されています。そのうちの1つである『レインメーカー』という法廷映画を週末に見ました。原作ジョン・グリシャム、監督フランシス・フォード・コッポラ、主演マット・デイモンという、面白くないわけがないだろうと思わせるような組み合わせですが、本当に面白い映画でした。コッポラ監督ということで、ちょっとクセがあるのではと予想していましたが、意外にも(?)感動的な内容でした。マット・デイモン演じる若き弁護士が社会的弱者のために保険会社を相手に民事訴訟を起こし奮闘します。相棒役のダニー・デヴィートもいい味を出しています。

また映画を通して、アメリカの裁判制度の勉強にもなりました。具体的には、『現代アメリカ法入門 アメリカ法の考え方』で解説されている民事陪審制度、陪審選任手続き、デポジション(ディスカバリの一種で、「関係者に対して直接質問し、回答を得ることにより、その供述記録を書面、あるいは映像で残すという方法」p.131)、懲罰的賠償制度などが実際にどのように行われるかを確認することができました。当たり前ですが、これらのことを視聴者が理解できるように作中誰かが説明するというようなことは一切ないので、『現代アメリカ法入門 アメリカ法の考え方』を一通り読んでから映画を観ると話の流れがよく分かってより楽しめました。なお、レインメーカーとは、「お札を雨に例え、雨が降るように大金を稼ぐ弁護士のことを意味する」(p.13)そうです。

この『レインメーカー』が2017年3~4月に洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」で何度か放送されます。
https://www.thecinema.jp/detail/index.php?cinema_id=03476

『現代アメリカ法入門 アメリカ法の考え方』

今年初めにワシントンDCを訪問し(http://beikokupat.com/blog/?p=595)、帰国してから阿川尚之著『憲法で読むアメリカ史(全)』(http://beikokupat.com/blog/?p=662)を読んでから、アメリカの法制度について俄然興味が湧いてきました。また、以前から、米国特許翻訳社という社名で活動しているのだからアメリカの特許制度だけでなく法制度全体についてもきちんと勉強して精通しておくのは義務だろうとも思っていました。これまで忙しさにかまけてあまり勉強できていませんでしたが、冒頭の出来事が契機となって、これから少しずつでも研究していこうと決心した次第です。

まず入門書として、『現代アメリカ法入門—アメリカ法の考え方』(丸田隆著)という本を読んでみました。アメリカ法について、個人的に普段新聞やテレビドラマなどで耳にしたことはあるが詳しくは知らなかったことが丁寧に書かれており、「Law & Orderで言っていたことはそういうことだったのか!」というような発見がいくつもありました。例えば次のようなことが詳しく説明されています。

・コモンロー(アメリカ法の基本となっており、12世紀にイングランドで始まった王立裁判所を起源とする、判例を重視する主義)、
・判例主義(Case Law、「アメリカのコモンロー・システムの基礎である」p.69、「先例と、現在直面している事案の法律問題に共通性があるかどうか決定するために、裁判官は審判対象事件について判断を下す際に、法的争点に関する先例の決定を考慮しなければならない。」p.70)
・ロースクールで行われるソクラティック・メソッド(「教員は、事案(case)について批判的な思索を刺激する一連の質問を学生に矢継ぎ早に発して、多様な争点について自分の考えを瞬時に組み立て、同時に返答することを学生に求める」p. 18)、
・法律事務所の運営について(経営に参加できるのはエクイティ・パートナーからで、その上にマネージング・パートナー、シニア・パートナーがいる)、
・サーシオレイライ(州最高裁判所の判断に不服の場合に連邦最高裁判所に再審理を求めること)、
・特許権・著作権に関する訴訟は(州裁判所ではなく)連邦裁判所の管轄であること、
・クラスアクション(集団代表訴訟。これに参加することをopt-in、参加しないことをopt-outという)、
・ディスカバリ制度(民事訴訟で正式な審理に入る前に当事者同士で情報や証拠を開示し合うこと)、
・ミランダ警告(警察が被疑者を逮捕する際に言う「あなたには黙秘する権利があります」などのおなじみの文言)が導入されるに至った経緯。

また、この本には参考文献の紹介が多く、次にどの本を読んで研究を進めるべきかの参考になります。特に、洋書の参考文献が多く紹介されているのは有り難いです。

退職金を自分で用意する

世の中の翻訳者の人たちが働いている形態は、(日本全体で見たときの会社規模でいうと)小~中規模の翻訳会社や法律事務所に属しているか、フリーランスという形態が大半だと思います。小~中規模の翻訳会社や法律事務所は、退職金制度がないか充実していないところが多く、例えば定年退職した際にまとまった額の退職金を受けることは期待できないのが一般的ではないでしょうか。また、フリーランスの場合は、「退職」自体がないため、言うまでもないことですが退職金はありません。私の会社では、社員のための退職金制度を設けていますが、まだまだ不十分なところが多く、これからもっと勉強して充実した制度にしていきたいと思っています(ちなみに、私自身には退職金はありません)。

このように、翻訳者は非常に小さな組織で働くかフリーランスになることが運命づけられていると言えるため、経済的に不安定な生活を送っている人が多いという現状があります。また、私も含め翻訳者の多くは、将来何らかの理由で翻訳ができなくなってしまったときにどうやって生活すればいいのかなど、将来への不安を抱えながら日々翻訳活動をしています。経済的に不安定で、退職金はもちろん年金さえも期待できないかも知れないという状況で、翻訳者はどのように将来を見据えて活動していくべきなのか。これは、他の翻訳者と懇親会などで話したときに必ずといっていいほど話題になる問題です。私もこの問題について常に考えていますが、1つの答えとしては、当たり前ですが、自分の世話は自分でする、ということだと思います。

具体的には、健康保険の側面で見ると、例えば、フリーランス翻訳者は大阪文化芸能国民健康保険組合(http://www.bunkageinou.com/index.html)という組合に加入して身を守ることができます。「大阪」となっていますが、東京の方でも加入できます(加入には組合員の紹介が必要です。法人は加入できません)。また、経済的な面、例えば退職金に関して言うと、自分で民間の制度に申し込んで、将来退職金に相当するものを受け取るというようなことはいくらでもできます。具体的には、私は国内・海外の信頼できる長期積立ファンドに毎月少額の積立を行い、20~30年後にそれまでに積み立てた金額の数倍の額を受け取るという制度を利用しています。ファンドは元本が保証されないというリスクがありますが、私は厳選した国内・海外合わせ数個のファンドに積み立てることでリスクの分散を図っています。ファンドなど利用せず、銀行で定期預金をすればいいじゃないかと思われるかもしれませんが、超低金利な上、インフレという問題もあるため、銀行預金もそれなりのリスクがあると思っています。怪しげに聞こえるかもしれませんが、銀行に預金してお金を「寝かせる」のではなく、ファンドに毎月一定額積み立てて複利効果でお金に「動いてもらう」ということを私はしています。なお、このように金融商品を毎月一定額買うことをドルコスト平均法といいます。ドルコスト平均法は、大勝ちはいないが、大負けすることもないという堅実な長期投資の手法です。また、複利効果とは、投資で得た利益を使ってしまうのではなく投資に回すことで、利益を加速度的に増やしていくことです。かのアインシュタインは、複利(compound interest)は人類最大の発明だと語ったと言われています(“Compound interest was one of man’s greatest inventions”、“The most powerful force in the universe is compound interest”などバリエーションがあります)。長期積立ファンドを含め、投資には時間がとられるものですが、私は運用を海外のファイナンシャル・プランナーに任せていて、運用のための時間をとられることなく、またどのように運用すべきかをさほど気にすることなく、日々の仕事に邁進できるようにしています。

私は、上記手法を社員を含め他の人に勧めるようなことは決してしませんが、時間を味方につけることが基本になっているこの手法は、普段時間がないことが多い翻訳者にマッチした資産運用方法だと思っています。私は十数年間サラリーマンを経験しました。サラリーマン時代は、精神的に会社や国に依存しているようなところがありました。しかし独立して誰も自分を守ってくれないことを実感したとき、自分の世話は自分でするということを心がけるようになりました。それ以来、何でも自分で調べて、時には確かめにどこかに行ったり話を聞きに行くことが普通になり、楽しみになっています。

『簡潔な文章への提言』

私は、日本語で書かれた特許明細書を英訳する際、形容詞などの修飾語の扱いに細心の注意を払っています。例えば、クレームの原文で「微量」と書かれているとすると、「微」という相対的な(人によって感じ方が変わる)表現を英訳するにあたり、例えば「ある結果Aをもたらすために必要な最低限の量」のように読み替えて英訳するか、クライアントによっては「微量」のまま英訳して「~最低限の量」という説明を実施形態の説明部分に加えることを提案するという対応をとっています。

このような注意をするようになった最初のきっかけは、かつて木村進一先生(http://beikokupat.com/blog/?p=437)の講義を受けたことでした。簡潔な文章を書くという文脈の話のなかで、「形容詞には気をつけろ」「できれば使うな」と仰っていた覚えがあります。そのときに使われた資料『簡潔な文章への提言』を今でも大切に持っています。関係のある部分をここに引用します。

<以下引用>

簡潔な文章への提言

講師 木村進一

提言その1ー修飾的言辞についてー

修飾語(句)は技術的範囲(権利範囲)に影響することがあるので、実に(ゲニ)おそろしきは修飾語である。その意味で修飾語は情報伝達の上で妨げになることが多い。修飾語は恣意的・主観的で情報の客観性を阻害するからである。明細書や契約書のような技術的・法律的な文書では修飾語は限定的に働くので特に注意が必要である。外山滋比古著「文章を書く心」(福武文庫)の「飾り」の章(57頁)から三つの例文を引用して修飾的言辞の問題点を考えてみたい。

例文(1)
A.白い
B.よりいっそう白い
C.もっとも白い

このうちどれがいちばん白いか。
著者は、いちばん白いのは、Aのただの「白い」である。BはいかにもAよりさらに白いように見えるが、そうとは限らない。Cの「もっとも白い」も薄汚く汚れている三枚の紙のうち「もっとも白い」のかもしれない。どこへ行っても100%「白い」といって通用するのはAである、と述べられている。これが事実の陳述(factual account)である。特許明細書では正にこれが要求されている。依頼人のご機嫌だけを伺うような文章ではこの原則が狂う。明細書では上記BやCの表現が多い。外国出願となるとそれがそのまま英訳されるので問題である。

例文(2)
「豊かな人間性とすぐれた個性をそなえたりっぱな職員になろうと新たな希望をもって、新しい職場へ移りました」(転勤に当たって知友に送ったあいさつ状の一部)
【改定文】「個性をもった職員になろうという希望をもって新しい職場へ移りました」。

例文(3)
「四月。目に映るものすべてが新鮮であった。学生にとっての一年は確かに四月からはじまるのだから、当然と言えばそれまでだが、あれほど夢見ていた世界の扉を自分で押しあけたという実感で、以前とは比べられないほどの輝きを放っていた」。
【改定文】
「四月。目に映るものすべてが新鮮であった。学生の一年は確かに四月からはじまるのだから、当然かもしれないが、夢に見ていた世界の扉を自分で押しあけたという実感があって、まわりがこれまでとは違った輝きを放っていた」

著者は、「以前とは比べられないほどの輝きを放っていた」の主語が不明であるとし、もし、「目に映るものすべて」が主語なら間に言葉が入り過ぎて結び付けるのは無理であり、主語なしの文になる、として改定文では「まわりが」という語が加えられた。
上記例文(1)に関連していうと、比較表現は英語でもしばしば問題になる。

例文
(1) The coated metal sheet is heated as long as all others are.
(2) I like this story as much as I liked all his others.

(1)にはlong、(2)にはmuchとあるが、比較する対象によっては額面通り受け取れない。longとあっても瞬間的かもしれないし、I like much …とmuchがあるから大好きかと思えば、嫌いという意味にもなる。比較的表現は法律・技術英語では避けるべきである。発明の長所(merits)は修飾的表現ではなく、事実をして語らしめるという態度が必要である。叙述(description)とはそういうことである。この点に関しStrunk and White (“The Elements of Style”)の次の言葉は特許実務者の肝に銘ずべき教えだろうと思う。

Vigorous writing is concise. A sentence should contain no unnecessary words, a paragraph no unnecessary sentences, for the same reason that a drawing should have no unnecessary lines and a machine no unnecessary parts. This requires not that the writer make all his sentences short, or that he avoid all detail and treat his subjects only in outline, but that every word tell.
(力強い文章は簡潔である。文章は不必要な言葉を含んではならない。パラグラフは不必要な文を含んではならない。それは丁度、絵に不必要な線や、機械に不必要な部品があってはならないのと同じである。このことは、全ての文章を短くせよとか、詳細を省いて要約だけでいいとかいうのではない。一つ一つの言葉に意味をもたせよ、ということである。)

「一つ一つの言葉に意味をもたせよ」とあるが、英語では一語一語が主張をもっている。言葉の選択・吟味が必要なゆえんである。

<引用終わり>

この講義で初めて、Strunk and Whiteの”make every word tell”という強烈なメッセージとその重要性を知りました(個人的には、スティーブン・R・コヴィー博士のの”Think Win-Win”、映画『ウォール街』でゴードン・ゲッコーが言い放った”Greed is good”と同じぐらい印象深い言葉です)。

木村先生の講義を受けたのは10年以上前ですが、当時配られた資料はほぼすべて保管しており、時々読み返しています。また、英文クレームを作っているとき、木村先生ならこれをどう表現されるだろうか、こんな風に書いたら木村先生に笑われるのではないだろうか、だからもっと推敲しよう、などと考えることがあります。