特許英語の大家、木村進一先生

私はこれまでに一度だけ翻訳学校に通って特許英語を学んだことがあります。それは、かつてバベル・ユニバーシティの大阪校で開講されていた木村進一先生という弁理士をされていた方の授業です。木村先生は日本の特許英語の第一人者とも言える名の通った方で、その授業内容は非常にレベルが高く、付いて行くのに非常に苦労した覚えがあります。特許翻訳講座といったありきたりな講座名だったと思いますが、米国特許実務者向けの英文明細書作成講座あるいは英文クレーム・ドラフティング講座と言った方が授業内容をよく表していたと思います。当時は理解できなかったことが多かったですが、多少経験を積んだ十数年後の今、当時授業で使われた資料を改めて読み返してみると、納得することばかりで非常に面白いです。例えば、日本語にとらわれない英文を書くという考え方が授業の全体を貫いており、このことは今私の会社がクライアントから求められていることです。

一方で、日本語にとらわれない英文を書くという木村先生が少なくとも十数年前から説いておられた翻訳方針(且つ本当に良い米国特許を取りたいと考えている一部の企業が求めている翻訳方針)で英文を書く技量のある人がどれだけいるのだろうと思うことがあります。当時、一緒に受講していた特許事務所の方が「木村先生は正論を仰っているが、実際の現場では木村先生がされる様なクレームにするのは無理だ」というようなことを陰で言っていたのを覚えています。少なくとも当時から現在に至るまで、この本音が特許翻訳を形作っており、木村先生の方針を奨励する人は少数派のままとなっているため、それを実践する人も教えられる人も育っていないのではないかと思います。

授業では厳しかった木村先生ですが、授業を離れると非常に気さくで気軽に話しかけてくださり、何度か食事に誘っていただこともありました。食事の席などで特許や英文ライティングに関する多くのことを木村先生から個人的に聞くことができ、これも今の仕事に役に立っていると思います。いくつかについて『英文ライティングが上手くなる方法』や『洋書を読まない特許翻訳者の特徴』で書いています。

非常に残念なことに、木村先生は既に亡くなっているためもう授業を聞きに行ったり相談に行ったりすることはできませんが、木村先生が書かれていたブログ記事を『特許評論』で今でも読むことができます。読むと分かりますが、特許翻訳者や特許実務者にとって耳が痛くなることがたくさん書いてあります(というよりもそのことしか書いてありません!)。特に、ある記事のなかで、英訳された特許明細書の多くについての川柳を木村先生が詠まれており、かなり痛烈な内容になっています。

特許評論』はもう更新されませんが、これまでに書かれた記事だけでも特許翻訳者や学習者にとっての指針として重要な存在だと思います。ずっと削除されることなく残ることを願っています。

良く書けた英文クレームは感動を与える

先日、あるクライアントから、これまで私の会社が米国出願用に英訳した明細書についてのフィードバックを受けました。このクライアントからのフィードバックは、米国の代理人が当社が英訳した明細書を読み、気になった点をクライアントに伝え、クライアントがその点を当社に伝えるというかたちになっています。概ね好評価をいただき安心しましたが、細かい点として、ミーンズ・プラス・ファンクションの観点からのより良い表現や、訴訟を考慮した表現方法などを提案いただき、非常に有意義な打ち合わせとなりました。

また、これからも日本語にとらわれずもっともっと分かりやすい英文クレームにして欲しいという要望もいただきました。こんな要望を受ける翻訳会社も少ないと思いますが、非常に嬉しく勇気が出てくる要望です。クライアントが本当に良い使える米国特許を取りたいと考えている証拠だと思います。日本語にとらわれ過ぎた英文クレームは意味が分かりにいことが多く、意味が分からない部分は審査官に無視されるというのは山口洋一郎弁護士が講演で何度も繰り返し言っておられる通りです。

有能な特許弁護士が書く英文クレームは非常にシンプルです。それでいて、重要な点は漏らさない。こういうクレームは読んでいて感動します。これは、英語にするのが難しそうな日本語を小慣れた英語で上手く表現できているといったレベルの話ではありません。非常にシンプルでありながら、審査や訴訟に強く、且つ英文自体が上手く美しさすら感じる。私は米国特許事務所に勤務しているときにこのようなクレームを何度も目にし、自分の未熟さを痛感したものでした。

どのようにしたらシンプルで良い英文クレームが書けるようになるかというと、私も模索している途中ではありますが、例えば、日本語を読み内容を理解した上で全体を有機的にまとめて英語でアウトプットするという作業が必要だと思います。ほんの一例を『離れているものを関係付けるテクニック』で説明しています。

米国特許出願手続きのポイントと情報開示義務対策

米国特許弁護士の山口洋一郎氏によるセミナー『米国特許出願手続きのポイントと情報開示義務対策』を受講してきました。特許庁の主催で毎年東京、愛知、大阪で開かれており、米国特許実務者だけでなく、米国出願用特許を行う翻訳者にとっても非常に有益な情報を得ることができるセミナーです。私は今年、大阪開催日にちょうど夜大阪で大事な用事があったので、大阪セミナーに申し込み、当日朝早くに新幹線で大阪入りしました。

10時から17時までみっちりと勉強したなかで、翻訳の観点から特に有益と思ったことがありましたのでシェアしたいと思います。「米国の新規性欠如の拒絶例と応答」というセクションで、タイトル通り、米国で新規性欠如により拒絶されるクレームの例と、この拒絶への応答例が紹介されました。前提として、米国と日本の新規性・進歩性制度の大きな相違点がいくつかあり、例として次のような点があります。

・クレームの前文(用途)は、限定にならない。
・物クレームの機能的限定は無視される(限定にならない)。

新規性欠如で拒絶されたクレーム例が次です。

1. An electric cleaner comprising:
a guide plate that comprises a first area and a second area, the first area guides an exhaust downwardly and the second area guides the exhaust upwardly.

このような掃除機に係るクレーム1に対し、米国審査官が引用した引用例はエアコン・ダクトで分野が違います。両者を比較した図がこれです。

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図を見ると両者は異なっているように見えますが、上記前提に従うと、この拒絶は妥当ということになります。すなわち、クレーム1の掃除機は引用例のエアコン・ダクトと用途が異なっているものの、用途の相違は限定にならない。同様に、クレーム1の機能的限定“the first area guides an exhaust downwardly and the second area guides the exhaust upwardly”も限定にならない。よって、クレーム1と引用例は同じだ、ということです。

次に、この拒絶に対してどのように応答すべきかについて、ここでは機能的限定が意味なかったことを考慮して、構造的限定を記載することによって引用例との違いを出すという解説がされました。具体的には、図面のfirst areaとsecond areaが傾斜しているため、各areaがguide plateの厚み方向に対して0より大きい角度で傾斜している、という限定を加えます。セミナーでは具体的な補正例は示されませんでしたので、私なりの補正例を作ってみました。

(補正例)
1. An electric cleaner comprising a guide plate, the guide plate comprising:
a thickness direction;
a first area inclined by more than zero degrees relative to the thickness direction to guide an exhaust downwardly; and
a second area inclined by more than zero degrees relative to the thickness direction to guide the exhaust upwardly.

物クレームの機能的限定は意味がないため、“to guide an exhaust downwardly”と“to guide the exhaust upwardly”は必要ないかも知れません。

翻訳の段階で補正例のような対応ができていれば、クライアントにとって時間、労力、コストの削減になることがあると思います。

アメリカ大統領候補の知財政策

今週、アメリカ大統領候補のドナルド・トランプ氏とヒラリー・クリントン氏による第1回討論会が開かれ、YouTubeで生中継を見ました。非常に面白かったです。第1回討論会は、キーテレビ局のニュースアンカーが司会を務め、各候補が自分の目指す政策について話すという進行になっています。政策については事前に発表していたことを再度話すだけなのでそんなに新鮮味はなかったのですが、楽しめたのは、討論の所々で自然に始まる候補者同士の中傷合戦でした。日本だと下品と思われて敬遠されるようなことが堂々と話され、且つ聞いていて面白い。大統領選の討論会はエンタテインメントだなと改めて思いました。大統領候補同士の討論会はあと2回10月に予定されており、今から楽しみにしています。

討論会スケジュール:
http://www.uspresidentialelectionnews.com/2016-debate-schedule/2016-presidential-debate-schedule/

大統領候補の知財政策については討論会でテーマになることはなく、知財政策自体知る機会が少ないような気がしますが、下の記事にトランプ候補とクリントン候補の知財政策らしきものが紹介されています。大雑把に言うと、クリントン候補はパテント・トロール対策の強化、トランプ候補は中国企業による侵害行為への対策強化を謳っています。

“Clinton vs. Trump: How the U.S. Presidential Election Could Impact IP Law”
http://www.wcsr.com/Insights/Articles/2016/September/Clinton-vs-Trump-How-the-US-Presidential-Election-Could-Impact-IP-Law

特許英訳講座@大阪が終わりました

8月から始まった『フリーランス翻訳者のための特許英訳・重要ポイント講座』が無事4回の予定を終了しました。今回は受講希望者が募集を大幅に上回ったため、人数を増やしての開講となりました。人数が増えた一方、会場は当初おさえたセミナールームをそのまま使用したので、受講者が狭く感じたのではないかと反省しています。

全4回でしたが、受講者の皆さんに伝えたいことがたくさんあって4回ではとても足りませんでした。特に、受講者に毎回提出してもらった課題については、丁寧に添削したつもりですが、まだまだ言い足りないことがあります。添削だけを行う、より実践的なワークショップのようなものを開くのもいいかなと思っています。

私は、特許翻訳がもっともっと上手くなりたいと思っています。上手い特許翻訳とは、クライアントの利益になる特許翻訳です。小慣れた英文が書けるだけでなく、特許実務や判例を研究することにより、クライアントの利益になる可能性の高い表現を常に模索すること。これを私の会社では実践しています。そして、研究して分かったことをこれからもHPや講座を通して発信していきます。

洋書を読まない特許翻訳者の特徴

特許翻訳者の翻訳(英文)をチェックしていると、翻訳者さんが日常的に洋書や英文を読んでいる人かそうでないかがすぐに分かります。洋書や英文を日常的に読んでいる翻訳者さんは、一見英語にし難いような日本語原文を、小慣れた英語にするのが上手い人が多いという印象を私は持っています。逆に、洋書や英文を読んでいない翻訳者さんは、英語にし難い原文を訳すのに苦労し、出来上がった英文も原文が透けて見えるようなぱっとしない英文で、要点が伝わってこないことが多いです。したがって、いい英文を書けるようになるためには、洋書や英文に親しむことが近道であると私は思っています。但し、特許翻訳者さんのなかには、ただ表現が小慣れているだけで技術的に不正確な英文を書く人もいるので、日々の技術研究も怠らないことが重要です。

私には特許英文ライティングの師匠と仰いでいる方がいるのですが、その方から「英文ライティングが上手くなりたければ、英語の特許公報やライティング教本を読むだけでは全然ダメだ。洋書を読んで読んで読みまくれ」というようなアドバイスをいただいたことがあります。私はこのアドバイスを忠実に守り、洋書を四六時中読むという習慣を身につけました。毎月最低でも3万円は洋書購入に費やしたと思います(今はもっと使っています)。その結果、英文ライティングがかなり上達し、特許英訳を仕事にして人様からお金をいただくということに対して自信が持てるようになりました。

人が洋書を読んでいるかどうかが分かる方法があります。それは、アマゾン・ドットコムのアソシエイトと呼ばれるアフィリエイトに登録することによって知ることができます。アマゾンのアソシエイトに登録すると、私の書いた記事のリンク経由でどんな本が購入されたかを見ることができます。それによると、日本人著者によって書かれた「英文ライティング教本」「英語論文表現集」の類いがよく売れている一方、洋書はほとんど売れていません。ここから、洋書は読まず日本語の指南書で英文テクニックを探求する人が多いということが言えるのかも知れません。これ自体素晴らしいことで、このような努力をする方を尊敬しますが、上記のように洋書や英文に慣れ親しむことは英文ライティング上達の近道と私は確信しています。洋書や英文に慣れ親しむ具体例としては、『知らないことを英語で知る』でご紹介したような手軽な方法があります。

無から有を作り出すための教本『Stone Soup』

stonesoup

仕事は自分で作り出すもの、というようなことを耳にすることがありますが、私は会社を始めてからこの面白さを実感するようになりました。仕事が来るのをただ待っているのではなく、努力して無から有を作り出し、それが新たな需要となり収益に繋がっていく。こんなに面白いことはありません。

これをやっていく上で非常に参考になった本があります。Stone Soupという洋書です。洋書というよりも、英語で書かれた絵本です。とても簡単な英語で書かれていて、数十ページしかないためすぐに読めてしまいます。とても簡単な絵本ですが、その内容はまさに無から有を作って成功させるというストーリーで、大人でも、いやむしろ大人の方が深く考えさせられます。何も持っていない二人の兵士が見ず知らずの村にたどり着き、村人を巻き込むかたちであることを始めます。そして、結果としてそれが村人にとってなくてはならないものになっていると同時に、兵士たちも食料など必要なものにありつけるというWin-Winの関係が築かれていきます。

兵士と村人が始めたことは、村の現状に合致したものであったために村人に受け入れられたのでした。この本は、かのロバート・キヨサキ氏も『Rich Dad’s CASHFLOW Quadrant』のなかでビジネスはアイデア次第で成功できることを示す例として大推薦しています。

道をひらく

松下幸之助氏の名著『道をひらく』を久しぶりに読み返しました。この本は、氏独自の格言の後に、それについての解説が続くという構成になっています。この本から私が一番影響を受けたのは、「原因はわれにあり」という格言で、次のように解説されています。

“彼が悪い。自分に責任はない”と、
とかく失敗の責任を他に転じてはいないだろうか。
他に責任を転嫁しているかぎり、
事態を好転させることはもちろん、
失敗から教訓を得ることもできない。
やはり、原因はすべて自分にあると
真摯にうけとめてこそ、
過ちを繰り返すこともなくなり、
着実な発展も可能となる。

私は「原因はわれにあり」を常に心がけるようにしています。仕事でうまくいかないことがあった時など、「自分の準備不足ではなかっただろうか?」「自分の配慮が足らなかったのではないか?」など、自分で改善できるところはないか探るようにしています。また、どう考えても自分には落ち度がなかったと思われるような状況でも、「元を正せば自分が原因だったんじゃないだろうか?」と考えるようにしています。その理由は松下氏の解説の通りで、そうすることで前進できることが多いということが経験上分かってきました。

もう1つ、非常に好きな格言に「世間は正しい」というものがあり、次のように解説されています。

いい考えを持ち、真剣に努力を重ねても、
なかなか世間に認められないときがある。
そんなときには、ともすると世間は間違っている、
冷たいと思いがち。
しかしそれでは、みずからの向上は望めない。
世間は長い目で見れば正しく暖かい、
そう肝に銘じつつ、
精一杯の努力を重ねたい。

これは「原因はわれにあり」に通じるものがあると思います。自分の会社がどんなにいい仕事をしていると思っていても、世間に認められなければ(売れなければ)、自分たちに何か問題があると考えた方がいいということです。

この本には他にも「平凡が非凡に通ず」「仕事には止めを刺そう」「声なき声に耳を傾ける」など、会社をやっていく上で参考になる言葉が目白押しです。

特許英訳講座@大阪が満席・キャンセル待ちになりました

大阪で予定している『フリーランス翻訳者のための特許英訳・重要ポイント講座』がおかげさまで満席・キャンセル待ちになりました。今回も、特許翻訳者や弁理士、企業の知財部の方など、知財業務に従事されている方々を中心に申し込みをいただきました。様々な方々とお知り合いになれるのも講座を開く楽しみの1つです。また、私自身昨年まで大阪に住んでいたため、非常に馴染みのある土地での開講を今から非常に楽しみにしています。

また今回、数人の方から、九州地方や東海地方でも同様の講座を開いて欲しいというご要望をいただきました。このようなご要望は大変嬉しく、開催を前向きに検討したいと思います。今のところ、最少催行人数5人程度での開催を考えています。大体何人ぐらいの方が参加を希望されているかを事前に知っておきたいと思いますので、九州地方、東海地方、あるいはその他の地区での参加を希望される方は、下記アンケートに回答いただけると幸いです。

特許英訳講座ご希望開催都市アンケート
https://ssl.form-mailer.jp/fms/fae710eb454154

共感者を増やす

今月、1人の翻訳者さんを当社の登録翻訳者として迎えました。

当社に応募してくださる翻訳者の数はそれなりに多いものの、
実際にトライアルに合格して採用に至る数は極めて少なく、
1~2年に1人が登録するかしないかといった状況です。

今回の翻訳者さんは約1年ぶりの登録者となりました。
この方は以前から当社のホームページをよく読んでおられ、
当社発行のメールマガジン、英文明細書マニュアル、
特許クレーム作成講座すべてに目を通して研究されていたとのことです。

研究されていただけあって、トライアルで提出いただいた訳文では
上記テキストで説明しているポイントが随所に使われ、
また当社が重視しているコメントも的を得た充実したものになっており、
当社の方針に共感していただいていることがビシビシと伝わってくる
訳文になっていました。

また、特許英訳に必須の高い英文ライティング力も備わっていることが
訳文から分かりました。

この訳文を読んでいて、まるで当社の誰かが行った翻訳であるかのような
印象を受け驚いたと同時に、当社に共感してくださる方を
また見つけることができてとても嬉しく思いました。

思えば、当社の翻訳者はほとんどこのようなかたちで採用してきました。
当社は翻訳方針やノウハウをすべて公開しています。
そして、これまでに当社のスタッフや登録翻訳者として迎えた人たちは
事前にこれに触れ、共感者として応募してくれた人たちです。

同様のことが当社のクライアントにも当てはまるかも知れません。
当社のクライアントは、何らかのかたちで当社のことを知り、
「あなたたちがやっていることは面白いからうちのもやってくれ」
というかたちでお仕事を依頼いただくようになった所がほとんどです。

このように言われて嬉しくない訳がなく、わざわざ声を掛けていただいた
担当者の判断が正しかったことを証明するために、
常に期待以上の仕事をするよう努めています。