「countability」と「identifiability」の和訳

グレン・パケット著『科学論文の英語用法百科 第2編: 冠詞用法』を題材に、特許翻訳における適切な英語表現について考えていきます。※※

本書のAppendix A (pp.249-250)において、名詞の性質を表すcountabilityとidentifiabilityの適切な和訳について論じられています。本書を読み進める上で前提となる重要な解説のため、以下に概要を記載します。

第2編 冠詞用法~Appendix A: 「countability」と「identifiability」の和訳~

A1. countability

countabilityは、名詞および名詞が表す物を特徴づける性質を表し、標準的には「可算性」と訳されますが、この訳し方は不適切であると本書は述べています。

すなわち、countabilityは、「数えることの可・不可に関する性質」といった性質を持ち、その性質には可算である場合(「可算性」)と不可算である場合(「不可算性」)という二通りの性質が存在するため、countabilityをその一方の「可算性」と訳すことは不適切であるとされています。

これを踏まえて、本書では、countabilityの訳語を「算性」とした上で、「算性」を次のように定義しています。

定義A.1. 「算性」とは、「可算性」と「不可算性」という形で実現する、名詞および名詞に表される物が有する性質である。

A2. identifiability

identifiabilityの標準的な訳語である「可同定性」「同定可能性」「識別可能性」に対して、本書では「同定性」という訳語を採用しています。

identifiabilityがどのような性質であるかについて、次のように説明されています。

あるコミュニケーション中の名詞が意味する物は名詞の根底的意味と受け手が持っている情報(つまり、「現行情報」)で決まる。一般に、ある名詞にかかる情報がより多くなるとその名詞の示す意味がより狭くなるわけである。情報が十分あれば名詞の意味する範囲と送り手が名詞を用いて言及している物(つまり、「言及対象」)とが一致する。ここで、あるコミュニケーション中の名詞が「identifiable」だという特徴づけは、その名詞の意味する物と言及対象が同一であると認められるために現行情報が十分ある、という状況を表す。名詞の意味する物が言及対象として同定できるわけである。(p.250)

identifiabilityは、「同定することの可・不可に関する性質」という意味を持ち、その性質には可同定である場合(「可同定性」)と不可同定である場合(「不可同定性」)という二通りの性質が存在します(countabilityの「可算性」「不可算性」と同様)。

したがって、countabilityの「算性」にならってidentifiabilityの和訳を「同定性」とした上で、「同定性」を次のように定義しています。

定義A.2. 「同定性」とは、「可同定性」と「不可同定性」という形で実現する、名詞および名詞に表される物が有する性質である。


※本記事は、著者の許可を得て作成しています。
※※本記事は、判例(英文法だけでなく特許明細書の記載内容など様々な証拠を考慮して判断される)とは相容れない部分がある可能性があります。本記事は、純粋に英文法の側面から見た適切な英語表現を考えていくことを目的としています。


『科学論文の英語用法百科』について

学術論文における英作文についての解説書シリーズ。現在、「第1編 よく誤用される単語と表現」と「第2編 冠詞用法」が出版されている。

筆者は、9年間にわたって、日本人学者によって書かれた約2,000本の理工学系論文を校閲してきた。その間、「日本人の書く英語」に慣れていく中で、日本人特有の誤りが何度も論文中に繰り返されることに気付いた。誤りの頻度は、その英語についての誤解がかなり広く(場合によってほぼ普遍的に)日本人の間に浸透していることを反映しているだろう。そのような根深く定着している誤りに焦点を当て、誤りの根底にある英語についての誤解をさぐり、解説することがシリーズの基本的な方針になっている。(第1編「序文」より)

第1編 よく誤用される単語と表現

シリーズの第一巻となる本書では、日本人にとって使い方が特に理解しにくい単語や表現を扱っている。

第2編 冠詞用法

冠詞についての誤解が原因となる日本人学者の論文に見られる誤りの多さ、またその誤りに起因する意味上の問題の深刻さがゆえに、当科学英語シリーズにおいて冠詞が優先度の高いテーマとなり、この本を第二編とすることにした。(p.1)

-『科学論文の英語用法百科』から学ぶ特許英語

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