第6回:米国特許法の基本~MPEPの法規範性(その3)~

著者:小野 康英(米国弁護士・米国弁理士(限定承認)、日本国弁理士)

前々回、米国特許商標庁(USPTO: United States Patent and Trademark Office)が編纂し発行する米国特許審査基準(MPEP: Manual of Patent Examining Procedure)は、USPTOに対する特許出願手続の実務において有益ではあるものの、法規範性を有さないため、究極的には、特許出願手続の法的根拠は、制定法及び判例に求める必要があること、及び、特に、実体的事項に影響を及ぼし得る事項について、判例を引用せず、USPTO審決例のみを引用し、又は、それすらも引用せずに制定法の解釈をしているMPEPの記載事項については注意が必要であることにつき注意喚起した。

今回は、MPEPが示した制定法の解釈を裁判所が否定した事件を紹介する(Tanaka事件)。

In re Tanaka, 640 F.3d 1246 (Fed. Cir. 2011)

1.事件の経緯

発明者のTanakaは、991特許の発行日(2000年7月25日)から丁度2年後に、991特許のクレーム1を拡張する目的で再発行出願を行った。しかしTanakaは、審査過程においてこの拡張の試みを断念し、本再発行出願の目的を「991特許の現クレームをそのまま残した上で、クレーム1に従属するクレーム16を追加」に修正した。

米国特許法第251条第1段落(事件当時)は特許の再発行の要件を次のように規定する。

35 U.S.C. 251 Reissue of defective patents.
“Whenever any patent is, through error without any deceptive intention, deemed wholly or partly inoperative or invalid, by reason of a defective specification or drawing, or by reason of the patentee claiming more or less than he had a right to claim in the patent, the Director shall, on the surrender of such patent and the payment of the fee required by law, reissue the patent for the invention disclosed in the original patent, and in accordance with a new and amended application, for the unexpired part of the term of the original patent. No new matter shall be introduced into the application for reissue.” (emphases added)

【参考訳】
米国特許法第251条 瑕疵ある特許の再発行
「詐欺の意図なく、瑕疵により取得された特許に関し、明細書若しくは図面の欠陥を理由として、又は、特許権者が本来クレームできた数よりも多い又は少ないクレームが特許に存在することを理由としてその全部又は一部が行使不能又は無効と判断される場合、USPTO長官は、その特許の放棄及び法律の定めによる手数料の納付を条件として、その特許の存続期間の残存期間について、その特許に開示された発明に対して、新規で及び補正された特許出願に基づき、特許を再発行しなければならない。再発行出願に新規事項を追加することはできない。」(強調は筆者)

審査官は、大略、以下の理由により、再発行出願に係る全クレームを拒絶した:「出願人が2007年9月24日の宣誓書(oath)において特定した瑕疵(error)は再発行により治癒できる性質のものではない。出願人は991特許のクレームの範囲を拡張又は縮小することにより治癒し得る瑕疵を提示していない。現クレーム1は本再発行出願の中にそのまま残されている。したがって、再発行出願によるクレームの範囲は現特許のクレームの範囲と全く同じである。」

これに対し、Tanakaは審判請求を行った。

7人から構成される審判官合議体は、審査官による上記判断の当否判断に直接に資する判例が存在しないことを認めた上で、出願人が特許法251条所定の瑕疵又は無効事由の申し立てを行わない場合において、より狭い範囲のクレームを追加するだけの目的で再発行出願をすることを同法は予定していないと判示した。審判官合議体は、Tanakaは1以上の現クレームの潜在的な特許無効の予防策(hedge)を講じる理由で不当にクレームを追加したと認定し、審査官による拒絶を維持する旨の審決(拒絶維持審決)をした。これに対し、Tanakaは本事件を連邦巡回区控訴裁(Fed. Cir.: United States Court of Appeals for the Federal Circuit)に控訴した。

2.連邦巡回区控訴裁判決

(1)結論
拒絶維持審決を破棄、差戻し。

(2)法廷意見(多数意見)の概要(起草者:Linn判事)

今(著者注:判決は2011年)から半世紀ほど前に、当裁判所の前身である関税特許控訴裁(CCPA: The Court of Customs and Patent Appeals)は、現クレームの潜在的な特許無効の予防策として従属クレームを追加することは特許の再発行が認められる理由として正当である旨を(著者注:「傍論において」)明確にしている。In re Handel, 312 F.2d 943, 946[] (CCPA 1963).(注1) Handel事件における再発行出願の理由は本事件のそれとほぼ同一である。Handel事件の法定意見の起草者Rich判事(注2)は、その脚注において、特許法251条の「行使不能(inoperative[ness])」は、代理人による発明の理解不足に起因して発明の保護が不十分という意味での瑕疵を意味するとの注釈をつけている。

当裁判所は、再発行の規定が、あらゆる特許取得にまつわる問題の万能薬(a panacea)として施行されているものでないことも、原特許出願を新規に審査手続に付す第二の機会を権利者に認めるものでないことも認識している。しかし、当裁判所及びその前身裁判所は、潜在的な無効に対する防御策としての従属クレームの追加を目的とする再発行出願を許容するルールを制定法の合理的な解釈としてほぼ50年間認めており、これに反する判例は存在しない。この長年にわたり確立している解釈と異なる解釈を採用することは先例拘束の原理(the doctrine of stare decisis)に反し、許されない。

現クレームの潜在的な特許無効の予防策として従属クレームを追加することが特許の再発行が認められる理由として正当である旨のルールが当裁判所又はその前身裁判所の判例法として正式に確立していないとしても、Handel事件におけるルールの明確な表現は、単なるその場限りの見解(simply a passing observation)などではなく、再発行に関する規定の詳細な説明の文脈におけるUSPTOの再発行の権限の範囲の説明と考えられてきた。

従属クレームの追加のし忘れは、それにより特許行使が不能になることはないので、特許法251条の瑕疵には当たらないとするUSPTOの主張を当裁判所は採用しない。より狭いクレームは、クレーム差別化法理(注3)の下で、より広い独立クレームの意味を明確化するのに有益である。また、従属クレームは、より範囲の狭い主題をクレームしているので、無効にされにくい。よって、従属クレームの追加のし忘れは、特許法が想定する最大限の発明の保護をし損なうことにより、その特許を一部行使不能にし得る(”[T]he omission of a narrower claim from a patent can render a patent partly inoperative by failing to protect the disclosed invention to the full extent allowed by law.”)。

(3)反対意見の概要(起草者:Dyk判事)

私は、再発行出願が全ての原クレームを含む場合、より狭い権利範囲のクレームの追加は特許法251条所定の再発行の基礎とはならない旨の審判官合議体の判断に同意する。

多数意見は、審判官合議体の判断は当裁判所の判例と抵触するとしているが、私の意見によれば、多数意見が引用したいずれの判例も本事件の論点を解決するものではない。過去の事件が問題の論点に直接に言及しておらず、せいぜい、(特定の)基準の適用可能性につき仮定をしているに過ぎない状況においては、当裁判所はそれらの判例に拘束されないし、また、後の事件でその論点に実体面より言及することが許される。

従属クレームの追加は、原特許に関する出願人の権利に何らの影響も及ぼすものではない。

多数意見は、再発行に関する制定法の規定と真っ向から矛盾する。すなわち、再発行にあたっては、出願人は原特許の放棄をする必要があるところ、原特許の全てのクレームが再発行出願に含まれているのでは、出願人は何も放棄をしたことにならない。

3.コメント

(1)多数意見とDyk判事の反対意見との結論の分かれ目
本論点は、制定法に明確な根拠を見出すことが難しい論点だったと思われる。実際、現クレームの潜在的な特許無効の予防策を講じるのを忘れたことを瑕疵と評価するかどうにつき明確な先例が存在しないことは、多数意見も反対意見も等しく認めていた。

この点、多数意見は、Handel事件におけるRich判事のコメントを引用する一方、これが傍論であることを認めている。その意味で、多数意見と反対意見の結論の分かれ目は、結局、価値判断の違いだったと思われる。このため、連邦巡回区控訴裁の合議体の構成が異なれば、結論が逆になる可能性は十分にあったと思われる。なお、反対意見は「再発行にあたっては、出願人は原特許の放棄をする必要があるところ、原特許の全てのクレームが再発行出願に含まれているので、出願人は何も放棄をしたことにならない」という趣旨のことを述べているが、これは、制定法が特許発行日から2年以内に行える原クレームの拡張を趣旨とする再発行出願ができる旨を規定し、そこにおいて、放棄の要件を満たさなければならない点に変わりはないことを勘案すると、理由になっていないと個人的には考える。反対意見の見解が正しいとすれば、たとえ制定法が原クレームの拡張を趣旨とする再発行出願を認めているとしても、放棄の要件を満たすことが難しくなると思われる。

(2)MPEPの記載

事件当時のMPEPは、現クレームを全てそのまま残した上で従属クレームを追加するだけの目的で行う再発行出願について、以下の見解を示していた。

MPEP (Eighth Edition, Revision 7, July 2008), 1402 Grounds for Filing

“… An error under 35 U.S.C. 251 has not been presented where a reissue application only adds one or more claims that is/are narrower than one or more broader existing patent claims without either narrowing the broader patent claim by amendment or canceling the broader patent claim. A reissue application in which the only error specified to support reissue is the failure to include one or more claims that is/are narrower than at least one of the existing patent claim(s) without an allegation that one or more of the broader patent claim(s) is/are too broad together with an amendment to such claim(s), does not meet the requirements of 35 U.S.C. 251. Such a reissue application should not be allowed. Absent a statement that the patent for which reissue is sought is wholly or partly inoperative or invalid in that one or more patent claims is/are too broad, or a statement specifying and correcting some other (proper) 35 U.S.C. 251 error that renders the patent wholly or partly inoperative or invalid, such reissue applications do not recite an error within the meaning of 35 U.S.C. 251. Retaining the original broader patent claim(s) in the reissue application without amendment or cancellation of such claim(s), is an indication that the broader claim(s) is/are not in any way inoperative to cover the disclosed invention, or invalid as being too broad. …” (emphases added)

この解釈は、本判例が確立した新ルール(”[T]he omission of a narrower claim from a patent can render a patent partly inoperative by failing to protect the disclosed invention to the full extent allowed by law.”)と正反対のルールである。USPTOは、本判例により、USPTOはMPEPの修正を余儀なくされた。

USPTOは、In re Tanaka (Fed. Cir. 2011)を受けて、MPEPを改定した。現行のMPEPはこの論点について以下とおり記述する。

MPEP (Ninth Edition, Revision 08.2017, Last Revised January 2018), 1402 Grounds for Filing [R-08.2017]

“I. ERROR BASED ON SCOPE OF CLAIMS
The reissue error may be directed solely to the failure to previously present narrower claims, which are being added by reissue. In re Tanaka, 640 F.3d 1246, 1251, 98 USPQ2d 1331, 1334 (Fed. Cir. 2011) provides that “the omission of a narrower claim from a patent can render a patent partly inoperative by failing to protect the disclosed invention to the full extent allowed by law.” This permits submission of additional claims that are narrower in scope than the preexisting patent claims, without any narrowing of the preexisting patent claims. For example, a reissue applicant can retain the broad independent claims of the patent while adding only new dependent claims.” (emphases added)

(3)個人的経験

筆者は、個人的に、本事件と全く同じ論点の事件に本事件よりも前に遭遇したことがある。その事件では、審査官は、内々に、再発行を許可していたが、上司からクレームがついたとのことで、結局、この再発行出願は拒絶された。出願人は、その後、この拒絶に対して審判請求をしたが、審判官合議体は、上記MPEP (E8R7) 1402の記述を引用した上で拒絶を維持する旨の答弁書を出願に送付してきた。筆者が驚いたのは、上記MPEP (E8R7) 1402の記述はこの再発行出願後に追加されたことである。出願人の再発行出願を狙い撃ちしているようにも思えたこの後出しジャンケン的なUSPTOの対応により、審判段階で結論を覆すことがほぼ不可能になったため(審判官合議体がMPEPと相反する判断をすることは想定し難い一方、部内の議論において、連邦巡回区控訴裁に控訴するのはどうかという話しになったため)、出願人は、断腸の思いでこの審判請求を自発的に取り下げた。ところがその後、Tanaka事件において、連邦巡回区控訴裁は、上記MPEP (E8R7) 1402に示された法解釈を覆し、出願人の主張を肯定する法解釈を示したのである。このようなことがあったため、Tanaka事件は筆者の記憶に強く残っている。

Tanaka事件は、Donaldson事件と同様、判例に基づかないUSPTOの法解釈には注意が必要であることにつき注意喚起する事例としての意義を有すると考えられる。

 

注釈

(注1) 関税特許控訴裁(CCPA)の先例が連邦巡回区控訴裁(Fed. Cir.)においても引き続き効力を有することは、連邦巡回区控訴裁が設立後最初に発行した判決(South Corp.事件)において明確にされている。よって、連邦巡回区控訴裁が関税特許控訴裁の判例に基づき判決する、及び、Tanaka事件におけるように、その判例に依拠して新たな法理論を構築することに法的問題はない。

South Corp. v. United States, 690 F.2d 1368 (Fed. Cir. 1982)
“This appeal is the first to be heard, and this opinion the first to be published, by the United States Court of Appeals for the Federal Circuit, established October 1, 1982 by the Federal Courts Improvement Act of 1982, Pub.L.No.97-164, 96 Stat. 25.

The court sits in banc to consider what case law, if any, may appropriately serve as established precedent. We hold that the holdings of our predecessor courts, the United States Court of Claims and the United States Court of Customs and Patent Appeals, announced by those courts before the close of business September 30, 1982, shall be binding as precedent in this court. …

As a foundation for decision in this and subsequent cases in this court, we deem it fitting, necessary, and proper to adopt an established body of law as precedent. That body of law represented by the holdings of the Court of Claims and the Court of Customs and Patent Appeals announced before the close of business on September 30, 1982 is most applicable to the areas of law within the substantive jurisdiction of this new court. It is also most familiar to members of the bar. Accordingly, that body of law is herewith adopted by this court sitting in banc.[FN2] …

As a court of nationwide geographic jurisdiction, created and chartered with the hope and intent that stability and uniformity would be achieved in all fields of law within its substantive jurisdiction, we begin by adopting as a basic foundation the jurisprudence of the two national courts which served not only as our predecessors, but as outstanding contributors to the administration of justice for a combined total of 199 years, the Court of Claims and the Court of Customs and Patent Appeals.” (emphases added)

“FN2. It is appropriate that the court adopt its substantive law precedents in a judicial decision accompanied by a published opinion. The Rules of the court are designed to provide procedural guidance and would be an inappropriate locale in which to repose the jurisprudential bases of the court’s future decisions.

The present adoption does not affect the power of this court, sitting in banc, to overrule an earlier holding with appropriate explication of the factors compelling removal of that holding as precedent. If conflict appears among precedents, in any field of law, it may be resolved by the court in banc in an appropriate case.” (emphases added)

(注2)Rich判事は、Pasquale J. Federico氏と共に現行米国特許法(35. U.S.C.)の草案作成に携わったとされる人物の一人である。この草案は、その後、ほぼ無修正で両議会を通過し1952年にTruman大統領(当時)が署名して、現行米国特許法が発効した。Rich氏は1956年にEisenhower大統領(当時)によりCCPAの裁判官に指名された。Rich氏はCCPAが連邦巡回区控訴裁に吸収された後も、1999年に95歳で亡くなるまで、生涯、同高裁のフルタイム判事であり続けた、現行米国特許法の父とも言うべき人物である。

(注3)クレーム差別化法理(Doctrine of Claim Differentiation)は、2つの異なるクレーム、特に、独立クレーム及びその従属クレームは、異なる権利範囲を有する旨の推定を生じる旨の法理である。たとえば、独立クレームは上位概念の構成要素(A)を含むが、明細書の実施例にはAの下位概念の構成要素(a1)のみが開示されている場合において、Aが明細書に開示されていないAの下位概念の構成要素(a2)を含むと主張したい場合に、Aがa1である旨の従属クレームを設けることが有効の場合がある。

Free Motion Fitness, Inc. v. Cybex International, Inc., 423 F.3d 1343 (2005)
“The doctrine of claim differentiation “create[s] a presumption that each claim in a patent has a different scope.” … The difference in meaning and scope between claims is presumed to be significant “[t]o the extent that the absence of such difference in meaning and scope would make a claim superfluous.”” (emphases added)

InterDigital Communications, LLC v. International Trade Commission, 690 F.3d 1318 (2012)
“The doctrine of claim differentiation is at its strongest in [a] type of case, “where the limitation that is sought to be ‘read into’ an independent claim already appears in a dependent claim.”” (emphases added)

ただし、本法理は必ず適用されるルールではない。たとえば、本法理に基づく解釈が内部証拠(例:明細書、意見書)と矛盾する場合には、本法理は適用されない。

Marine Polymer Techs., Inc. v. HemCon, Inc., 672 F.3d 1350 (Fed.Cir.2012) (en banc)
“[C]laim differentiation is not a hard and fast rule and will be overcome by a contrary construction dictated by the written description or prosecution history.” (emphases added)

 

著者:小野 康英

米国弁護士(*)・米国弁理士(限定承認)(**)、日本国弁理士
Westerman Hattori Daniels & Adrian, LLP勤務
前職:パナソニックIPマネジメント株式会社
(*)コロンビア特別区(DC)、カリフォルニア州(CA)、ニューヨーク州(NY)
(**) 37 C.F.R. 11.9(b)
USPTOの写真も著者による撮影です。

より詳しい経歴はこちら

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