アメリカの司法試験は「難しい」のか?

アメリカの司法試験は「難しい」のか?

合格率は平均65%前後なので、数字で比較すると日本よりも「簡単」な印象があるアメリカの司法試験。しかし、単に合格率だけを比較しただけでは見えないものもあります。今回は、最新の受験データの深堀りと実際にアメリカの司法試験に挑戦した私の体験談も交え、日本のメディアでは語られないアメリカの司法試験の真実を話します。

合格率は高いがリピーターが合格するのは難しい

Jurisdiction

Overall Pass Rate

First-Timer Pass Rate

Repeater Pass Rate

California

52%

62%

17%

New York

66%

75%

23%

Georgia

65%

77%

22%

Iowa

79%

83%

31%

上の表は州ごとの司法試験合格実績をまとめたものの抜粋で、2022年7月の司法試験の結果になります。日本の司法試験の合格率は45.52%とのことなので、比較的難しいとされるカリフォルニア州の52%という数字と比べても、合格率は日本よりアメリカの方が高めとなっています。また、一般的な合格率のニューヨーク州や私が弁護士資格を持っているジョージア州では65%程度、合格率が高い州を見るとアイオワ州では80%近い確率で合格しています。

アメリカにおける弁護士資格は州ごとになっているため、(重複部分は多いものの)司法試験の内容や受験者数、そして受験者の能力等が均一でないため、アメリカにおける司法試験の合格率には州ごとにばらつきが見られますが、平均で65%前後、つまり10人のうち6人か7人が受かる程度の合格率になっているというのが私の理解です。

しかし、この「平均で65%前後」という数字をより深く理解するには、1回目の司法試験で合格した人(First-Timer Pass)と2回目以降の挑戦で合格した人(Repeater Pass)の内訳を理解する必要があります。というのも、上の表でもわかるように、1回目の受験者の合格率が高く、2回目以降の受験者の合格率が顕著に低いことがわかります。これは今回例として上げた4州が特別なのではなく、アメリカの司法試験ではほぼすべての州で毎回起こる現象です。

これは新卒がもっとも多く受ける7月(アメリカのロースクールの大半は5月に卒業)の結果でも現れていますが、リピーターが多い2月の司法試験結果でも顕著です。以下の2つ目の表は2022年2月の司法試験合格実績の抜粋です。

Jurisdiction

Overall Pass Rate

First-Timer Pass Rate

Repeater Pass Rate

California

34%

53%

24%

New York

45%

61%

30%

Georgia

50%

77%

32%

Iowa

64%

81%

48%

試験者数の絶対数は2月の方が少なく、7月と2月の試験を直接比較することはできないのですが、合格率は7月よりも2月の方がかなり低くなっています。この原因としては様々な要素がありますが、その1つとして、2月はリピーターの数が多く、1回目の受験者が少ないため、結果として2月の合格率を下げていることが考えられます。このデータサンプルを見ると、2月のリピーターの合格率は7月のリピーターの合格率よりも多少高いですが、それでもリピーターの合格率は1回目の受験者よりも低いので、全体的に2月の合格率を下げています。

このようにデータから見ると、アメリカの司法試験は日本よりは難しくはないものの、「1回目で合格せず、リピーターになってしまうと非常に辛い」という現状が待っていることがわかります。このような統計データは学生を始め弁護士事務所、ロースクール関係者も十分理解しているので、ロースクールの新卒はみな司法試験は一回目で合格しなければいけないというプレッシャーの中で戦っています。

外国人でも司法試験にチャレンジできる仕組みが整っている

ここまでのデータの話は受験者全体を見た話ですが、ここからは英語を母国語としない私のような日本人を含めた「外国人」に焦点を当てていこうと思います。

最初に結論を言うと、アメリカの司法試験は原則受験資格を満たしていれば、アメリカ国籍を持たない外国人でも受験することができます。私もそのケースでした。

私の場合は、米国弁護士会(American Bar Association、ABA)が認定したロースクールに通い卒業したことによって受験資格を得ました。私は働きながらJD(Juris Doctorの略)と呼ばれる学位を取ったので4年間(通常は3年間のプログラム)かかってロースクールを卒業しました。しかし、すでに日本や他の国で法学部を卒業していたり、弁護士資格を持っている人はLLM(Master of Laws)と呼ばれる1年ほどの短期プログラムを卒業することで一定の州で受験資格が認められることがあります。

しかし、ただロースクールを卒業すれば自動的に受験できるわけではなく、厳しい身元審査をパスするために大量の資料や情報を提出したり、公的書類を取り寄せたり、ロースクールの教授などから推薦状を書いてもらうなど、在学中から計画的に司法試験に向けた準備が必要になります。また、司法試験とは別にMPRE(Multistate Professional Responsibility Examination)と呼ばれる弁護士になる際の倫理問題や責任問題に関する試験にも合格しておかないといけないので、ほとんどの学生は在学中にMPREの試験を受けます。

このようにアメリカの司法試験を受けるための準備は手間がかかりますが、外国人であっても受験することはでき、実際に(私も含め)多くの英語を母国語としない外国人も合格することができるような試験です。誰でも受かる試験ではないですが、ネイティブと比較して絶対に埋められないような「英語の壁」のようなハンデがあったとしても、法律の知識や受験テクニック、事前の対策やロースクールでの取り組み次第では十分外国人でも勝機があるというのがアメリカの司法試験の大きな特徴だと思います。

特に私個人としては、ロースクールでの経験や実績が実際の司法試験に大きく影響したと思います。私が在学中によく聞いたのが「成績トップ10%なら司法試験に1回で受かる確率はとても高い、しかし普通程度の成績ならちゃんと対策しないと司法試験に受かることは難しい」ということ。そのため私もロースクール在学1年目から授業は真剣に受け、期末試験も早期から対策を練り挑戦し続けました。このロースクールでの積み重ねや経験が司法試験に向けたイメージトレーニングになり、実際の司法試験での結果につながったのだと思います。

更にアメリカで司法試験を受けるほぼすべての学生は、卒業間近(卒業後)から司法試験の間の約2ヶ月半から3ヶ月を司法試験の対策に使います。この期間は、受ける州に特化した教材を買って勉強するのですが、ほぼすべての学生はBarbriKaplanの教材を買って勉強することになります。どちらも良くできている教材で長年使われているものなので、試験までにやるべきことがはっきりしています。ちなみに私はKaplan派で、ひたすら司法試験の鬼門とされるMBE(Multistate Bar Examination)と呼ばれる選択式試験の模擬問題を解き続けていました。

試験当日の2日間は今でも鮮明に覚えている

最後にわたし個人の話ですが、7年ほど前の実際の司法試験で印象に残っていることを話します。

司法試験は2日間朝から夕方まで約6時間(午前3時間、午後3時間)集中しないといけないので、試験会場に歩いていけるホテルに前乗りして2泊することにしました。家から会場まで通えなくもないのですが、車での移動なので渋滞や事故などのトラブルに巻き込まえるリスク、そして移動による追加のストレスや負担もいやだったので、貧乏学生時代の私には決して安くないホテルに泊まって、万全の状態で司法試験に臨むようにしました。

試験会場は空港の近くの大型施設で、1日目の朝早くに会場に行ってみると、普段は展示会などに使われる空間に大量の長テーブルと椅子が並べられていました。その時は約2000人ほどの受験者がいたので、その規模に驚かされた記憶があります。

1日目はエッセー形式の問題だったので、専用のソフトを入れた自分のパソコンを使って試験を受けました。日本の弁護士試験は手書きのみのようですが、アメリカではパソコンによる受験が認められています。ロースクールの期末テストでもパソコンを使うのが一般的で、私も自分のパソコンを使って試験に臨むことには慣れていました。しかし、当然パソコンの機能には制限が掛けられていて、インターネットに接続できない状態で、専用のソフトを使ってエッセーに臨みます。この1日目は、昼休みを挟んだほぼ6時間ずっとパソコンに向かってタイピングしていました。

振り返ってみると、このパソコンにタイプしてエッセーに回答できるというのが、英語にハンデがある私のような日本人でも司法試験に一回で合格できた理由の1つだと思っています。専用ソフトの環境内では、スペルチェック等の機能はないのですが、文章のコピペ、文章の削除などが簡単にできます。手書きだと読んでもらえるためにある程度丁寧に書かないといけないですが、タイピングならそんなことを気にしなくてもいいです。そして、自分が普段使っているパソコンを使えるので、タイピングも普段どおりのスピードでできる。これが精神的な支えにもなって、全力で集中力を切らさずに1日目の6時間の地獄を乗り越えることができました。

2日目は、鬼門のMBEと呼ばれる200問の選択式問題です。MBEは大量の問題を効率よく確実に解くことが求められる試験で、集中力の維持とタイムマネージメントが非常に重要になってきます。また、MBEのスコアーが一定数以下だとエッセーの採点をしてもらえないので、MBEではなるべく高いスコアーを取ることが求められます。しかし、MBEは難しい問題が多く、受験対策でMBE中心に勉強してきたものの、模擬試験のスコアーが思ったよりも上がっていなかったわたしにとっては正念場の試験でした。

午前中3時間午後3時間で200問を解くのですが、この時間が人生の中でも一二を争う濃密な時間でした。集中力を維持して1つ1つの問題を確実に答える堅実性、そして、時間配分を考慮して難しい問題を瞬時に特定し後回しにする判断力が必要とされる試験で、それを午前3時間、そして午後3時間、全力で行う必要があります。今やれと言われたらできるかわかりませんが、体力と気力が基礎能力としてとても大切だったという印象を覚えています。

アメリカの司法試験は難しいけれども外国人でも合格することができる

私の経験から話すと、アメリカの司法試験は難しく、準備もせずに受かるようなものではありません。しかし、英語にハンデがある私のような外国人でも挑戦でき、そして合格することは可能です。これは日本の司法試験にはない特徴なのかもしれません。日本の司法試験の受験資格に国籍等の条件があるかはわかりませんが、法律に関する日本語の問題を日本人と同等レベルで回答できる日本語を母国語としない外国人はほぼいないと思われますし、そのような人でも日本の司法試験に合格するのはむずかしいことでしょう。

話は司法試験とちょっと離れますが、試験に合格し、弁護士となる基準を満たして、適切な手続きを行えば、外国人であっても受かった州における弁護士登録ができます。また、弁護士として働くには必ずしも受かった州にいる必要はなく、国外で働くこともできるので、日本にいる日本人でも(例えば)ニューヨーク州の弁護士の資格を持つ人は以外に多くいます。

私はジョージア州の弁護士(正確には特許弁護士という弁護士資格とPatent Agentという特許庁への代理人資格の両方を持った人)で、実際にジョージア州で知的財産系の仕事をしています。しかし、何かの事情で別の州や、日本、その他の国で働くことになっても、ジョージア州の弁護士の資格を維持でき、アメリカの弁護士として働けるというのは嬉しい限りです。

この記事を読んでくれている人それぞれのバックグラウンドや将来の夢はわかりませんが、今後も加速していくと思われるグローバル社会の中、もし弁護士という職業を目指すのであれば、日本にこだわらず、アメリカなどの日本以外の国における弁護士資格も考えてみてはどうでしょうか。

この記事がより広い視野で将来のキャリアを考えていくきっかけになったら嬉しいです。

著者

野口剛史 | Koji Noguchi

メタバース弁護士・アメリカ特許弁護士
ジョージア州弁護士。東京都出身。ジョージア工科大学航空宇宙工学学部卒業。アトランタジョン・マーシャル法科大学法務博士。大学進学で渡米、大学時代は工学を学んでいたが、卒業後に働きながらパテントエージェントの資格をとり、さらに法科大学に通い、弁護士資格を取得。その後は、工学と法律の知識を活かし、特許、商標、企業機密など知的財産に関わる分野で米国特許弁護士として活躍する。

また、アメリカでの知財業務の経験と知識を活かしOpen Legal Community というアメリカの知的財産情報を日本語で提供するメディアの運営も行っている。現在、600人以上の日本人知財プロフェッショナルが毎週送られるメーリングリストに登録している。

 

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