2023年7月18日
著者:小野 康英(米国特許弁護士)
本稿では、特許主題適格性が論点となった、又は、特許主題適格性に関連する米国最高裁判所の事例(排除則―抽象概念)を概観する。
Table of Contents
Ⅲ.判例(米国最高裁判所)
2.米国最高裁判所の事例
(1)排除則―抽象概念
(a)Morse事件(1853年)(注1)―電磁気力の使用
デンマークのOersted(Hans Christian Ørsted)は、1820年、電磁気(electro-magnetism)を発見した。その後程なく、複数の科学者が、互いに離れた地点間における電磁気を用いた情報通信の可能性を探り始めた。しかし、その技術はなかなか実現しなかった。大きな困難は、通信に用いる電流(galvanic current)が、始端でどれだけ大きくても、電線中を伝搬するうちに徐々に強度を下げ、一定距離伝搬すると機械的効果を生じない程度に強度が下がってしまうことであった。その中で、Morse(Samuel F. B. Morse)は、1837年、2以上の電流回路、及び、電磁気力低減防止用の独立電源―所定間隔で設置される継電器(repeater)―の組合せというアイディアを着想した。Morseは、同年から1838年にかけて、その原理に基づく電信装置についての特許出願を行った。そして、2度の再発行出願の末、1848年再発行特許(Morse特許)(Letter Patent No. 1,647, dated June 20, 1840; Reissue No. 79, dated January 15, 1846; Reissue No. 117, dated June 13, 1848)が成立した。Morse特許のclaim 8は次のとおり規定されていた。
【Morse特許】 【参考訳】 注1:O'Reilly v. Morse, 56 U.S. (15 How.) 62 (1853). 本事件は、電信機事件(The Telegraph Case)と呼ばれることもある。 |
米国最高裁判所はMorse特許のclaim 8を無効と判断した。その理由は次のとおりである。「仮にclaim 8が有効とすれば、どのプロセス又は機械でその結果が達成されるのかは問題とならないことになる。我々が知り得ない未来の発明者が、科学の進展に伴い、原告明細書が記述するプロセスを一切使用せずに、電流を用いた、任意の距離間での印付又は印刷の技術を発見するかもしれない。その未来の発明は、Morseの発明よりも壊れにくく、安く生産でき、そして適切に動作するかもしれない。それにもかかわらず、もし、その未来の発明がMorse特許の範囲に含まれるのであれば、その発明者は、Morseの許可なく、その発明を使用できず、また、公衆はその便益を享受できない。」
Morse事件は、1836年特許法(Patent Act of 1836)下の事件である。同法は、クレームを明細書の一部を構成する記載事項としていたが、必須記載事項とはしていなかった(注2)。しかし、同法が求める明細書の記述の程度(注3)は、規定の文言の近似性に照らすと、現行特許法112条(a)(注4)が求めるそれと同程度だったと考えられる。その意味で、Morse事件は、明細書の記述要件・実施可能要件(注5)についての古典的事件と理解できる。
注2:See Markman v. Westview Instruments, Inc., 517 U.S. 370, 379 (1996) ("Claim practice did not achieve statutory recognition until the passage of the Act of July 4, 1836, ch. 357, § 6, 5 Stat. 119, and inclusion of a claim did not become a statutory requirement until 1870, Act of July 8, 1870, ch. 230, § 26, 16 Stat. 201[.]"). 注3:Patent Act of 1836, Ch. 357, 5 Stat. 117 (July 4, 1836), Sec. 6 ("[any inventor] shall deliver a written description of his invention or discovery, and of the manner and process of making, constructing, using, and compounding the same, in such full, clear, and exact terms, avoiding unnecessary prolixity, as to enable any person skilled in the art or science to which it appertains, or with which it is most nearly connected, to make, construct, compound, and use the same[.]") (emphasis added) 注4:35 U.S.C. 112(a) ("The specification shall contain a written description of the invention, and of the manner and process of making and using it, in such full, clear, concise, and exact terms as to enable any person skilled in the art to which it pertains, or with which it is most nearly connected, to make and use the same[.]") (emphasis added) 注5:米国最高裁判所は、Amgen事件において、Morse事件を、実施可能要件に関して現在でも通用する事例と評価した上で引用している。Amgen Inc. v. Sanofi, 598 U.S. ____ (2023), Slip op, p. 8 ("This Court has addressed the enablement requirement on many prior occasions. See, e.g., Wood v. Underhill, 5 How. 1 (1846); O’Reilly v. Morse, 15 How. 62 (1854); The Incandescent Lamp Patent, 159 U. S. 465 (1895); Minerals Separation, Ltd. v. Hyde, 242 U. S. 261 (1916); Holland Furniture Co. v. Perkins Glue Co., 277 U. S. 245 (1928). While the technologies in these older cases may seem a world away from the antibody treatments of today, the decisions are no less instructive for it.") (emphasis added). |
他方、Morse事件における次の判旨を、発見又は原理の応用(application of discoveries or principles)が特許可能な主題であることを明確にしているとみることも可能である。
O’Reilly v. Morse, 56 U.S. 62, 119 (1853) |
実際、米国最高裁判所は、Morse事件を引用して、特許主題適格性を論じている。
Mayo Collaborative Services v. Prometheus Laboratories, Inc., 566 U.S. 66, 70 (2012) Alice Corp. v. CLS Bank Int'l, 573 U.S. 208, 216 (2014) |
このため、Morse事件は、明細書の記述要件・実施可能要件の源流としてだけでなく、特許主題適格性の源流としても評価するのが判例上の通説と考えられる。
(b)Rubber Tip Pencil事件(1874年)(注6)―鉛筆ヘッド
1867年の夏、Philadelphiaの貧しい芸術家であったBlairは、鉛筆及び消しゴムを合体させることを着想した。当時既に、鉛筆及び消しゴムはいずれも周知であったが、両者を合体させる発想は知られていなかった。Blair特許(Letters Patent No. 66,938, dated July 23, 1867)はクレームを次のとおり規定していた。
【Blair特許】 【参考訳】 注6:Rubber-Tip Pencil Co. v. Howard, 87 U.S. 498 (1874). |
Rubber Tip Pencil事件は、Morse事件と同様に、1836年特許法下の事件である。すなわち、Blair特許において、クレームは明細書の任意記載事項であった。
米国最高裁判所は、明細書及び図面を参照の上、ヘッド(消しゴム)に、鉛筆を保持するための開口の限定を権利範囲に読み込んだが、Blairの考えに発明の特許的特徴(the patentable character of the invention)はないと述べた。米国最高裁判所は、この開口には形状の限定がなく、消しゴムの弾性についても限定がない中で、「本体よりも径の小さい開口に鉛筆が挿入された場合にその消しゴムが鉛筆に取り付けられて、消しゴムとしての利便性が増すという概念以外に、何が残るのか?("What[] is left for this patentee but the idea that if a pencil is inserted into a cavity in a piece of rubber smaller than itself the rubber will attach itself to the pencil, and when so attached become convenient for use as an eraser?)」と問いかけた。その上で、同裁判所は、概念自体は特許可能でないが、その概念を用いて作られる実用的に実用的な新規な装置は特許可能である、と判示し、Blair特許は、良いアイデアではあるがそれ自体新規でないとして、同特許を無効と判決した。
Rubber-Tip Pencil Co. v. Howard, 87 U.S. 498, 507 (1874) |
この「概念自体は特許可能ではない("An idea of itself is not patentable")」という部分が特許主題適格性における排除則の根拠として引用されることがある(注7)。筆者は、上記引用部分の判旨は、全体として、1836年特許法下における新規性について述べているとみるのが相当と考えている。
注7:See, e.g., United States Patent and Trademark Office, PATENT ELIGIBLE SUBJECT MATTER: REPORT ON VIEWS AND RECOMMENDATIONS FROM THE PUBLIC (July 2017), p.4. |
なお、Blair特許は「鉛筆ヘッド」をクレームしていたが、仮に同特許が「弾性消しゴムの鉛筆ヘッドを有する鉛筆」をクレームしていたら、論点は、Hotchkissテスト(注8)に基づく特許性になっていたと考えられる。鉛筆及び消しゴムを合体させた生産物(manufacture of combined pencils and erasers)の発明のHotchkissテストに基づく特許性はReckendorfer事件(1875年)(注9)において争われ、米国最高裁判所は、同発明は、個々の構成要素が明瞭に分離しており、新しい効果も相乗効果もないとして、「発明」を構成しないと判決した。
注8:Hotchkissテストは、Hotchkiss事件(1850年)で確立した法理で、新規性とは別に、特許又は特許出願の主題と先行技術とを比較して、その主題が「発明」を構成するかどうかを判断する。1952年特許法(Patent Act of 1952)103条の非自明性(nonobviousness)に対応する特許要件である。See Hotchkiss v. Greenwood, 52 U.S. 248 (1850). 注9:Reckendorfer v. Faber, 92 U.S. 347 (1875). |
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