翻訳は正確性が命!用語の翻訳ミスで特許が一部無効になる~アメリカ在住 特許弁護士のブログ~


特許翻訳は正確性がとても重要になってきます。特に特許が権利行使に使われる際、相手の弁護士は刑事のように明細書の隅々まで細かく見て些細なことでも粗を探すようにしてきます。今回はアメリカ出願の際の翻訳で用語が適切に訳されていなかったため、訴訟で特許のクレームの一部が無効になってしまったという判例を紹介します。

判例:IBSA INSTITUT BIOCHIMIQUE, S.A. V. TEVA PHARMACEUTICALS USA, INC.

「half-liquid」とはどういう意味か?

問題となった特許は、ISBAの米国特許第7,723,390号で、イタリアの特許出願(MI2001A1401)に遡って優先権を主張していました。 この特許は、「有効成分レボチロキシンナトリウムを含むソフトゲルカプセル製剤 」を対象としていて、写真にあるようなソフトゲル状の飲み薬に対する発明を保護するものです。

クレームも当然ソフトゲル状の飲み薬に対して書かれていたのですが、訴訟で「half-liquid」という用語が問題になりました。

上記のクレーム1を見てもらえればわかるのですが、ゲルカプセルに「液体または半液体(half-liquid)」が含まれていることが要求されています。しかし、「半液体(half-liquid)」という言葉が何を意味しているかが明確に示されませんでした。

明細書を見てみると「half-liquid」という用語は複数回使われており、明細書の様々な箇所で見ることができます。しかし、明細書内で「half-liquid」に関する定義はなく、 また、特許権者は「half liquid」という用語を使用している教科書や科学雑誌を見つけることができませんでした。

したがって、連邦巡回控訴裁(CAFC)は、クレームが不明確(indefinite)であるとした下級審判決を支持しました。

致命的な翻訳ミスを訴訟でどうにかすることは難しい

特許訴訟において、クレームに含まれる重要な用語がどう解釈されるかはとても重要な問題です。そのため訴訟のクレーム解釈の段階において、特許権者のIBSAは「half-liquid」という用語に自分たちが有利になるような(そして不明確性(indefiniteness)の問題を回避する)解釈を提案します。

それは、「half-liquid」という用語は、「semi-liquid」つまり、 固形物と液体の間の濃厚な粘性を持つものと解釈すべきだという主張です。

特許権者のIBSAは、この主張を支持するために優先権を主張していたイタリア出願に遡ります。実はイタリア出願では、アメリカの特許が「half-liquid」と記載している箇所とまったく同じ箇所に、イタリア語で「semiliquido」という用語が使用されていました。更に、訴訟で提出された認定翻訳(certified translation)では、「semiliquido」という用語は「semi-liquid」(半液状)と訳されていました。

このようにアメリカ出願の元になったイタリア語のイタリア出願で使われていた用語とその「正しい翻訳」を示すことで、当業者はクレーム用語「half-liquid」を「semi-liquid」と同義であると理解していると、特許権者のIBSAは主張しました。

しかし、クレームの解釈において、連邦地裁は、イタリアの特許出願やその認定翻訳は重視せず、代わりに用語の変更は意図的なものであると結論づけました。 控訴審でも、CAFCはこの地裁の判決を支持し、不明確性の結論も支持しました。

特許明細書の翻訳は精度が大切。特に用語の翻訳は注意が必要

米国の裁判では、国際特許法の問題に踏み込むことはほとんどありません。 むしろ、米国の裁判所は、外国の出願が国内での意思決定に影響を与えることをほとんど認めていません。

今回も特許権者が「half-liquid」という用語の不明瞭性(indefiniteness)の問題に対して、優先権を主張していたイタリア出願の原文を元に主張を展開しましたが、残念ながら「half-liquid」が「semi-liquid」と同義語であるという主張は認められませんでした。

逆に、イタリアの出願で使われていた用語「semi-liquid」をアメリカ出願では「half-liquid」に意図的に変えたと判事は判断しています。つまり、同義という主張を真っ向から否定した判決を下しています。

今回の判例から学べることは、翻訳ミスがあったときに翻訳元であるオリジナルの海外の明細書をベースにした解釈の主張をアメリカの裁判所で行うことは非常に難しいということです。つまり、今回のように独立クレームに用いられるような重要な用語で翻訳ミスがあった場合、訴訟を台無しにしかねない致命傷になるケースがあるということです。

特許翻訳は翻訳業界でも特殊な部類に入ると思いますが、翻訳の精度が「翻訳の質」に大きな影響を与える非常にデリケートな仕事です。

今回のようなミスは、出願人が承認した用語の対訳表を用いて翻訳をおこなったり、アメリカ出願前に出願人に重要な用語の定義を明細書内に追加する(翻訳時にそのような定義がない場合、用語定義を追加することを提案してみる)などの追加の作業を行うことで未然に防ぐことができます。

翻訳という作業は一見「地味」ですが、訴訟で特許が「潰されるか」「生き残るか」を決める重要な要素になりえるとても重要な仕事です。訴訟になる特許は全体のごくわずかですが、訴訟に耐えられる特許を意識して日々の翻訳活動に取り組んでいただければ幸いです。

野口剛史

 

 

野口剛史 | Koji Noguchi

米国特許弁護士
ジョージア州弁護士。東京都出身。ジョージア工科大学航空宇宙工学学部卒業。アトランタジョン・マーシャル法科大学法務博士。大学進学で渡米、大学時代は工学を学んでいたが、卒業後に働きながらパテントエージェントの資格をとり、さらに法科大学に通い、弁護士資格を取得。その後は、工学と法律の知識を活かし、特許、商標、企業機密など知的財産に関わる分野で米国特許弁護士として活躍する。

また、アメリカでの知財業務の経験と知識を活かしOpen Legal Community というアメリカの知的財産情報を日本語で提供するメディアの運営も行っている。現在、600人以上の日本人知財プロフェッショナルが毎週送られるメーリングリストに登録している。

 


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