『突破せよ 最強特許網 新コピー機誕生』は、かつてNHKで放送されていたドキュメント番組『プロジェクトX』を書籍化したシリーズの一つです。
1960年代、日本のキャノン社が、当時売り上げの大部分を占めていたカメラ事業への依存から脱却すべく、新たにコピー機の製造に参入し、世界シェアNo.1になるまでの紆余曲折が描かれています。
当時、コピー機といえばアメリカ企業ゼロックス社が絶対王者で、シェア100パーセント、鉄壁の特許網を張って新規参入者を阻んでおり、あのIBMでさえコピー機を開発しようとしてゼロックス社に訴えられ、2500万ドルもの和解金を支払わされたということです。ゼロックス社の特許網の完璧さが次のように説明されています。
一つひとつの技術が、二重三重の特許によってプロテクトされていた。
「事業を独占するためには特許はこう使うんだ、と。そのお手本といっていいような、理想的な活用術でした。特許というものが、ここまで奥深いものだとは、ゼロックスの特許を知るまでは私には想像もできなかった」
キャノン社は苦労に苦労を重ね、ゼロックス社のこの完璧な特許網をかいくぐる「NPシステム」という独自の技術を開発し、世界中で特許を取得して製品化します。
ところが、王者ゼロックス社が、キャノン社が取得したNPシステムに関する特許の取り消し申請をイギリスとオーストラリアの特許庁に提出するという対抗措置をとってきました。
NPシステムの特徴は、コピー機の感光体に絶縁フィルムを巻きつける点にあり、ゼロックス社は自社の特許に「additionally comprises an insulating film(追加的に絶縁フィルムを含む)」という記載があることを主張し、特許取り消し申請の根拠とします。
このままでは勝てないと悟ったキャノン社の特許マンは、別のアプローチで対抗できないか鋭意検討します。その結果、NPシステムでは「同時」に行う2つのステップが、ゼロックス社の特許技術では「同時」にはできず、「順次」にしかできないことを突き止め、実験により証明することに成功。これがもとになって、取り消し申請は軒並み却下され、キャノン社はNPシステムが独自の技術であることを自分たちの力で証明しました。
このように、この本は訴訟において立場が悪くなった場合に争点を変えて成功した事例が示されているとも見ることができます。
また、コピー機の内部構造や技術用語の勉強にもなるのではないかと思います。例えば、ともに「技術」を表す「テクニック」「テクノロジー」の使い分け方が、次の一文から分かります。
日本の「技術」は「テクニック」であり、「テクノロジー」は欧米のモノまねでしかないという批判がつきまとっていた。
本書では、ゼロックス社の周到さと、それに打ち勝ったキャノン社の地道な努力が中心に描かれています。キャノン社によって不可能であることが実証された上記「同時」のオプションが、ゼロックス社の特許にはしっかりと「simultaneousも可能」と付記されていたという、非常に興味深い事実が明らかにされ、特許の奥深さを知ることができる本です。