グレン・パケット著『科学論文の英語用法百科』から学ぶ特許英語~theとthis~

グレン・パケット著『科学論文の英語用法百科』を題材に、特許翻訳における適切な英語表現について考えていきます。※※

今回は、「theとthis」(p.587-589)について見ていきます。

1.第1編 よく誤用される単語と表現 Chapter 121 ~theとthis~

冠詞theと形容詞thisは、いずれも名詞を導く役割を果たす一方、theは「単独であること」を示し、thisは「距離が近いこと」を示すという意味の違いがあるとされ、この違いについて具体的に次のように解説されています。

定冠詞theは、それが付いている名詞が、現在の議論の範囲において、ある一つの物事を唯一に指摘するということを意味する。これに対して、形容詞thisは、それが付いている名詞に当たる物事が現在の議論の前景に位置しているという意味を表す。

そして、theが誤ってthisの代わりに使用される問題があり、これについて次のように解説されています。

theとthisは、それぞれ「単独であること」そして「距離が近いこと」という基本的に違う状況を示す。そのいずれをも用いることができる場合もあるが、どちらかのみが適切である場合の方が多いだろう。この二語に関して見られる頻度が最も高い誤りは、問題になっている物事が現在の議論の前景にあるが、その議論の範囲内では唯一ではない場合にtheが使用されてしまっていることである1。特によく目にするのは、この誤りが、問題になっている物事が初めて議論に持ち出された箇所のすぐ後で犯されていることである。

そして、このような誤用の例が6つ([1]-[6])記載されており、そのうち[1]を以下に示します。

[1] We begin by considering the equation Γ[z] = u(z). The equation is treated with the method described above.
リライト例(1): ...This equation is then treated with the method described above.

[1]では、第一文で議論の中心となる対象(equation)が持ち出され、第二文では、その対象を指す名詞に"the"が付いていますが、この"the"は誤用であり、これについて次のように解説されています。

一つ目の文では、ある一つの方程式が明示的に表されているので、この文によって議論の範囲がその方程式に絞られており、したがって"the"が適切だと思われるかもしれない。しかしながら、実際の状況はそれほど単純ではない。つまり、一般に、ある種のある物事が、現在の議論の中で注目の対象として挙げられているとしても、その物事が必ずしも議論の中で唯一のその種の物事になっているとは限らない。それどころかその物事を明示的に挙げる必要があること自体は、それが議論の中で唯一ではないことを含意する。たとえば、[1]の場合には、"Γ[z] = u(z)"を議論の注目事として持ち出す必要があることから、これがこの議論の範囲における唯一の方程式ではないことが分かる。この点についての誤用が本章で取り上げている誤用方の主な原因である。

そして最後に、theとthisとの違いについて改めて以下のように解説されています。

theが使える必要十分条件とは、それが付く名詞が現在の議論の背景において、ある一つの物事のみを指摘するということである。また、一般に、ある物事が議論の焦点として挙げられたということだけでは、theが必要とする単独性の十分条件にはならない。ある名詞が指している物事が、現在の議論においては唯一ではないが焦点になっている場合には、その名詞をthis(またはthese)で修飾すべきである。

 


※本記事は、著者の許可を得て作成しています。
※※本記事は、判例(英文法だけでなく特許明細書の記載内容など様々な証拠を考慮して判断される)とは相容れない部分がある可能性があります。本記事は、純粋に英文法の側面から見た適切な英語表現を考えていくことを目的としています。


2.『科学論文の英語用法百科』について

学術論文における英作文についての解説書シリーズ。現在、「第1編 よく誤用される単語と表現」と「第2編 冠詞用法」が出版されている。

筆者は、9年間にわたって、日本人学者によって書かれた約2,000本の理工学系論文を校閲してきた。その間、「日本人の書く英語」に慣れていく中で、日本人特有の誤りが何度も論文中に繰り返されることに気付いた。誤りの頻度は、その英語についての誤解がかなり広く(場合によってほぼ普遍的に)日本人の間に浸透していることを反映しているだろう。そのような根深く定着している誤りに焦点を当て、誤りの根底にある英語についての誤解をさぐり、解説することがシリーズの基本的な方針になっている。(第1編「序文」より)

第1編 よく誤用される単語と表現

シリーズの第一巻となる本書では、日本人にとって使い方が特に理解しにくい単語や表現を扱っている。

第2編 冠詞用法

冠詞についての誤解が原因となる日本人学者の論文に見られる誤りの多さ、またその誤りに起因する意味上の問題の深刻さがゆえに、当科学英語シリーズにおいて冠詞が優先度の高いテーマとなり、この本を第二編とすることにした。(p.1)

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