やさしいことはいいことだ!!特許明細書をやさしく書くための文章術

やさしいことはいいことだ!!特許明細書をやさしく書くための文章術』(山田康生)は、元特許庁審査官の著者による、正確で読みやすい特許明細書を書くための本です。

本書では、やさしく書かれた特許明細書は審査官に歓迎されるため、特許明細書をやさしく書くことが推奨されています。

・審査官は、なるべく短い時間で、一件でも多く処理したいと願っています。能率アップを考えながら仕事をします。難しい明細書は、時間が掛かってしょうがありません。時間を取られる件は後回しにします。(p.11)
・やさしくて明確な文章で書かれた明細書のほうが、早めに審査をやってもらえるかもしれません。(p.11)
・明細書を平易に書いて、それで困ったことになったケースは、これまで全くありません。(p.13)
・「発明・考案が低級なら、明細書がやさしいものになるはず。」「発明・考案が革新的だったら、明細書が難しくなってもやむをえない。」などとは、天下の審査官なら考えません。(p.14)

このように特許明細書をやさしく書くことの重要性が示された上で、実際に特許明細書をやさしく書くためのルールや工夫などがふんだんに紹介されています。

例えば、長さに違いのある修飾語が二つ以上並ぶときには原則として長短の順にし、長短の順にしないとき(逆順にするとき)は間に読点を打つというルール(pp.47-56)では、次のような例文が紹介されています。

「水返し片の作用によって雨水が郵便箱に浸入することを防止できる。」(p.53)

この例文では、「水返し片の作用によって」「雨水が郵便箱に浸入することを」という長さに違いのある二つの修飾語が「防止できる」を修飾していますが、このままの並び順では「水返し片の作用によって」が「浸入する」を修飾しているようにも読めます(そして、この文章を直訳した翻訳文も同様の解釈が可能なあいまいなものになります)。

上記ルールにしたがって例文を修正すると、「雨水が郵便箱に浸入することを水返し片の作用によって防止できる」(長短の順)、又は「水返し片の作用によって、雨水が郵便箱に浸入することを防止できる」(逆順、読点)となります。

このルールを含め、一部のルールは『日本語の作文技術』(本多勝一)や『悪文』(岩淵悦太郎)に記載されたものと類似しており、本書『やさしいことはいいことだ!!』はこれら名著の考え方を特許明細書に当てはめたものともいえるかもしれません。

また、日本語文章には主語がないものが多く見られますが、特許明細書独特の現象として、述語がない事例が紹介されています。

「この保持帯の使用方法は、まず食品容器1に合成樹脂薄膜2をかぶせ、その上から保持帯をはめる。」(p.42)

この例文では、主語と思われる「この保持帯の使用方法は」に対する述語がないように思われるため、「この保持帯は、まず食品容器1に合成樹脂製の膜2をかぶせた後にその上からはめて使用する。」と修正されています。

本書には、この他にも非常に参考になるルール・工夫の例が数多く紹介されています。これらのルール等は、明細書作成だけでなく、和訳にも参考になります。

なお、上記の例文「水返し片の作用によって雨水が郵便箱に浸入することを防止できる」について、文脈から判断して、「水返し片の作用によって」が「浸入する」を修飾するわけがないだろう(このような解釈は筋が通らない)、という意見が出るかもしれません。このような意見に対して、筆者は次のように述べています。

読む人こそが”王様”です。王様はエライのです。そして、怠け者で、自分勝手です。目の前にある文章を読むか読まないかは、自分で決めます。面倒くさい文章には、読む気を起こしません。せっかく読む気になってくれても、自分に都合のいい読み方をして、自分の知識の範囲内での受け取り方をします。
書く側は、自分こそが王様だと早合点をしがちです。「自分の書いたものは必ず相手に読んでもらえる。必ず自分の意図したとおりに読み取ってもらえる。」と信じ込みます。(p.15)

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