否定的限定(Negative limitations)とは、ある構成を「~である」(what it is)ではなく「~ではない」(what it is not)という否定によって表現した限定のことをいい、"free from"(~がない)や"incapable of"(~する能力がない)、“not in excess of 10%"(10%を超えない)などがその例です。
否定的限定は不適切とみなされていた時期があったものの、現在では原則として使用が認められています。
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(1) MPEP
MPEP(Manual of Patent Examining Procedure)は、次のように、否定的限定の使用を基本的に認めています(2173.05(i))。
The current view of the courts is that there is nothing inherently ambiguous or uncertain about a negative limitation. So long as the boundaries of the patent protection sought are set forth definitely, albeit negatively, the claim complies with the requirements of 35 U.S.C. 112(b) or pre-AIA 35 U.S.C. 112, second paragraph.
「裁判所の現在の見解では、否定的限定にはその本質として不明確または不確かな要素はない。否定的限定であったとしても、求める特許保護の範囲が明確である限り、112条(b)項または112条第2段落の要件は満たされる。」
また、否定的限定が不明確とみなされていた時期の古い判例としてIn re Schechter, 205 F.2d 185, 98 USPQ 144 (CCPA 1953)が紹介されています。ここでは、"R is an alkenyl radical other than 2-butenyl and 2,4-pentadienyl"という否定的限定"other than"を含んだ限定が、発明を明確に記載する代わりに、発明でないものを除外するかたちで発明を記載しているため、不明確と判断されています。
否定的限定が明確と判断された判例として、次の2つが紹介されています。
・In re Wakefield (CCPA 1970)("said homopolymer being free from the proteins, soaps, resins, and sugars present in natural Hevea rubber"先行製品の特徴を排除するための否定的限定)
・In re Barr (CCPA 1971)("incapable of forming a dye with said oxidized developing agent")
またMPEPは、否定的限定は出願当初の開示にサポートがなければならないとしています(written description requirement)。
これに関連して、代替要素が明細書に明示的に記載されている場合、この代替要素はクレームにおいて除外することができるとしています(In re Johnson (CCPA 1977); Ex parte Grasselli, 231 USPQ 393 (Bd. App. 1983), aff’d mem., 738 F.2d 453 (Fed. Cir. 1984))。
また、クレームにおいて要素を除外する限定をするために、明細書において除外を正当化する理由となるもの(その要素のデメリットなど)を明示する必要があるか(記載要件)が争われた判例として、Inphi Corporation v. Netlist (Fed. Cir. 2015)が紹介されています("DDR chip selects that are not CAS, RAS, or bank address signals")。
また、除外される要素(excludeやother thanで表される要素)について、明細書に肯定的な記載がないというだけでは除外を正当化することにはならず、出願当初の開示にサポートがない否定的限定は、記載要件(written description requirement)に反するとして、112条(a)項または112条第1段落に基づいて拒絶されるとされています。
ただし、明細書に否定的限定の文言上のサポートがないからといって、必ずしも記載要件違反になるわけではないとされています(Ex parte Parks (Bd. Pat. App. & Inter. 1993))。
(2) Faber
Faber on Mechanics of Patent Claim Drafting(以下、Faber)は、Chapter 3において"§3:5 Negative Limitations"というセクションを設けて否定的限定について解説しています。基本的にMPEP 2173.05(i)の内容を踏襲しており、次のような基本スタンスを掲げています。
Negative limitations are acceptable where you think they are the clearest way to state the limitation. But in general, tell what an element is, not what it is not.※
「否定的限定は、限定を描写するのに最も明確な手段であれば使用可能である。しかし、一般的には、要素を「~ではない」ではなく「~である」と表現する。」
"But"以下のアドバイスは、かつて否定的限定が不適切とみなされていたことを考慮したものです("In view of the former antipathy, it is suggested the negative statements still be avoided except where it seems the only way, or by far the clearest way, to state the limitation."※※)。
-明細書における否定的限定のサポート(Written Description Requirement)
Faberは"§3:5 Negative Limitations"の大半において、上記MPEP 2173.05(i)で紹介されたInphi Corporation v. Netlist (Fed. Cir. 2015)などの判例を参照しつつ、否定的限定のサポートが明細書に記載されていなければならないという記載要件について解説しています。
InphiではSantarus, Inc. v. Par Pharm., Inc. (Fed. Cir. 2012)(“wherein the composition contains no sucralfate”)が引用されており、Santarusはクレームにおける否定的限定のサポートが明細書に認められるための要件として、除外する理由が明細書に開示されていることを挙げています(例:除外する要素が存在することによるデメリットなど)。
Inphiで問題となったクレームにはもともと否定的限定は含まれておらず、否定的限定はのちに102条又は103条に基づく拒絶を回避するために追加されたところ("DDR chip selects that are not CAS, RAS, or bank address signals")、裁判所はこのような補正を認めています。
また、否定的限定を行うにあたり、テスト結果などの証明は必要ないとされています。
また、除外すべき要素について明細書に記載するにあたり、「放棄」(disclaim)する程度に記載する必要はないとされています(Santarus)。
-否定的限定の例
認められ得る否定的限定の例として、“halogen other than fluorine”が挙げられており、また“noncircular,” “nonmagnetic,” “colorless”などは他に表現のしようがないためにこれまでも受け入れられてきた表現です。
また、“un-”, “im-”, “in-”, “mis-”などの接頭辞や、接尾辞(“-less”など)も認められ得ると解説されています。
-否定的表現以外でも表現できる場合
In re Duva, 156 U.S.P.Q. (BNA) 90, 94 (C.C.P.A. 1967)では、“absent sufficient CN [cyanide] ions to prevent deposition ...”という否定的表現を含んだ限定が「肯定的に」表現することができると争われたところ、結果的には適切な表現と判断されています。
※, ※※:Faber, Robert C. "Chapter 3 Apparatus or Machine Claims", "Section 3-5 Negative Limitations". Faber on Mechanics of Patent Claim Drafting, 7th ed., Practising Law Institute, 2017.
(3) Patent Practice
Patent Practice(Irving Kayton氏によるパテント・バー対策のテキスト)では、否定的限定が適切に使用された例が紹介されています。
A method for producing a net having increased knot strength, comprising the steps of: | |
(a) forming from filamentous twine a net having a plurality of formed but untightened knots; (b) applying a sufficient amount of water-insoluble adhesive to only the untightened knot portions of said net to cause penetration of said adhesive around the twine inside the knot; (c) tightening the knots prior to solidification of the adhesive; and (d) solidifying the adhesive.※ |
このクレームにおいて、untightened(締め付けられていない)は否定的限定といえるが、クレームを不明確にしているわけではないため、拒絶の対象にはならないとされています。むしろ、untightenedを使わなければ、knots(結び目)にadhesive(接着剤)を塗る前の状態を描写するための表現がより複雑になる可能性がある、と解説されています。
※:Kayton, Irving. Patent Practice, Vol.3, 8th ed. Patent Resources Institute, 2004, p.3.64.