特許翻訳(英訳)では、他の英文ライティングと同様、関係代名詞の制限用法(限定節)と非制限用法(非限定節)を使い分ける必要があります。
英語の翻訳文では、「that」と「which」という言葉は時に正しく使われません。これらの言葉の後には様々な情報が提供されるため、これらを正しく使うことで、翻訳者は誤りや混乱なく文章を記述できます。 翻訳者が「that」と「which」を区別しておらず、補足的な情報を囲むコンマも使っていない英語翻訳文では、その情報が重要なのか補足なのかをその読み手が判断することができません。 ジェームズ・バーロー『特許出願における英語翻訳文をより良いものにするために』 |
このように、制限用法と非制限用法の使い分けは特許英訳においても非常に重要なのですが、これらの使い分けが難しいという声が一部で聞かれます。
以下、この制限用法と非制限用法の使い分けについて見ていきます。
まず、制限用法と非制限用法の使い分けについて『特許の英語表現・文例集』では次のように説明されています(以下では、制限用法が限定節、非制限用法が非限定節と呼ばれています)。
多くの類似した物の中で特定の物を指定するときには限定節(“that”)を使い、ある物について付加的な、本質的ではない情報を加えようとするときには非限定節(“, which”)を使う。* |
そして、使い分けの例として次の文章が記載されています。
(a) The pen, which is red, is on the table.* |
非限定節を含む(a)について、次のように解説されています。
文(a)中の", which is red,"は非限定節と呼ばれるが、それは"The pen is on the table."という文に本質的ではない、付加的情報を加えているだけである。この節を除いても文(a)の基本的な意味は変わらない。言い換えれば、「そのペンは机の上にある。ちなみに、そのペンは赤である。"The pen is on the table, and incidentally, the pen is red."」となる。この場合一本だけペンがある。** |
続いて、限定節を含む(b)について、次のように解説されています。
他方、文(b)の"that is red"という節は限定節と呼ばれる。主語をその赤いペンだけに限定している。この場合、たとえば、何本かのペンがあるが、その赤いペンだけが机の上にある。文(a)とは異なり、この限定節を除くと文(b)の基本的な意味が変わる。この節を除くと"The pen is on the table."となるが、何本かのペンの中でどのペンについて述べているかがはっきりしない。*** |
また、非制限用法の「本質的ではない情報を加えようとするときに」使うという用法の応用として、固有名詞など1つ(1人)しか存在しない場合は、コンマを打って非制限用法(非限定節)にするとされています。『表現のための実践ロイヤル英文法』には、このような用法の例として次のような文章が記載されています。
The second statement is by Tony Blair, which takes a personal interest in health policy. The sun's outer atmosphere, which we cannot see with our eyes, is extremely hot. |
非制限用法(非限定節)というと、先行詞が固有名詞であれば非制限用法(非限定節)にするという覚え方がありますが、上記2番目の例のように、固有名詞でなくても非制限用法(非限定節)にする場合があります。これについて、次のように解説されています。
・・・本来特定のものを表す固有名詞が先行詞になっている場合にせよ、先行詞は普通名詞だが文脈上特定化される場合にせよ、もし関係代名詞の節によってその先行詞が限定されないケースであれば、コンマを打って非制限用法にすればよいのである。**** |
また、固有名詞であっても、同じ名前の人やものが複数いる場合は、制限用法(限定節)にするとされています。
The Russia of today is quite different from the Russia that I visited 5 years ago. |
このように、先行詞が固有名詞であっても、非制限用法(非限定節)になることもあれば制限用法(限定節)になることもあるため、先行詞が固有名詞であれば非制限用法(非限定節)にするという覚え方はお勧めできないことが分かります。
これに関連して、「クレーム1に従属するクレーム3」という表現は、クレーム3がマルチクレームであれば制限用法(限定節)で英訳し、そうでなければ非制限用法(非限定節)で英訳することになります(詳しくは『特許翻訳者のための米国特許クレーム作成マニュアル』のp.89参照)。
*W.C. ローランド, 奥山尚一, N. マッカードル, J.T. ムラオカ, 時國滋夫. 特許の英語表現・文例集. 講談社サイエンティフィク, 2004, p.92. **同上, pp.91-92. ***同上, p.92. ****綿貫陽, マーク・ピーターセン. 表現のための実践ロイヤル英文法. 旺文社, 2011, p.263. *****同上, p.262. |